空色の瞳にキスを。
2.足跡のうしろがわ
アズキの夢見が今日はひどく悪かった。
先視といえど半人前の彼女は夢の内容をおぼろにしか覚えられない。
ただ、後味の悪さが胸に残るだけだった。
「あー……。」
顔を両手で覆うと、思いがけなく涙が零れた。
「だれかが殺される夢……。」
自分の掌から血の匂いはするはずもないのに、そこに残っているような気がしてたまらなかった。
自分自身の力に食われ暴走する未来は免れたアズキだったが、自分の力はまだ手に負えないらしい。今の夢が遠い未来の夢か、過去の夢なのか、はたまたただの夢なのかも判別がつかない。
時計を見やれば普段より随分早くにうなされて起きてしまったらしい。なにとなく眠る気になれなくて、ベッドから足をおろした。
死ぬはずがない。傷付くこともここではあるはずがないのに、いつも戦いの中にいるナナセの顔が見たくなって、音が鳴らないように隣の部屋のドアノブを音が鳴らないように回した。
夜明け前の薄暗い部屋の中にちりりと光る銀髪が見えた。銀に青白を混ぜたようなこの色は、ルイ王家の他に彼女は見たことがなかった。
ほんの少し居室を覗いただけで、ナナセは身じろいでこちらを向いた。
「どうしたの、アズキじゃない。」
おはようと笑う彼女が息をすることに、アズキは当たり前のくせにほっとした。アズキがうまく笑えなかったらしい。寝ぼけたナナセが首をかしげた。
「少し夢見が悪くて」
だめだな、と笑うとナナセも困ったように笑った。
「あたしも嬉しくない夢だったの、続きが見たくなかったからね、起こしてくれてありがとう。」
ナナセがシーツをはいでひとつ伸びをする。
それはよかった、と続けるとナナセはベッドの端に腰掛けてアズキを見上げた。
「もう一度寝る気にもならないし何か飲もうか。」
ナナセの提案にいいねとアズキが同意し、ふたり分のカップを持ち出してくると、ナナセはお湯の沸いたケトルをテーブルに持ち寄ってきた。
スズランが水道設備も張り巡らせたことで、部屋の外に出ないでも生活を送ることができるようになっている。
冬の寒い朝は温かい飲み物に限る。冷えた自分に染みこむようだった。
しばらくするとトーヤが朝の鍛錬に付き合えとせがみに来るだろう。毎日のことだ。
「思ったより時間がたったね。」
ナナセが明るくなり始めた窓の外に目を細めながら呟いた。
「そうだね。」
「まだみんな寝ているんだろうね。」
「そうだね……」
誰かが居るという安心感が、今更やってきても困りものだった。
「アズキ?」
「――うん、」
覚えのない少年の孤独な悪夢が、涙になってやってきた。膝頭に顔を埋めると、うまい具合に涙を隠すことができた。うまく誤魔化せていなかったが、ナナセは何も言わないでくれた。早起きだからね、誰も居ないねと白い髪が笑うたびに揺れて、アズキはひとりではないことを思い知るのだった。
先視といえど半人前の彼女は夢の内容をおぼろにしか覚えられない。
ただ、後味の悪さが胸に残るだけだった。
「あー……。」
顔を両手で覆うと、思いがけなく涙が零れた。
「だれかが殺される夢……。」
自分の掌から血の匂いはするはずもないのに、そこに残っているような気がしてたまらなかった。
自分自身の力に食われ暴走する未来は免れたアズキだったが、自分の力はまだ手に負えないらしい。今の夢が遠い未来の夢か、過去の夢なのか、はたまたただの夢なのかも判別がつかない。
時計を見やれば普段より随分早くにうなされて起きてしまったらしい。なにとなく眠る気になれなくて、ベッドから足をおろした。
死ぬはずがない。傷付くこともここではあるはずがないのに、いつも戦いの中にいるナナセの顔が見たくなって、音が鳴らないように隣の部屋のドアノブを音が鳴らないように回した。
夜明け前の薄暗い部屋の中にちりりと光る銀髪が見えた。銀に青白を混ぜたようなこの色は、ルイ王家の他に彼女は見たことがなかった。
ほんの少し居室を覗いただけで、ナナセは身じろいでこちらを向いた。
「どうしたの、アズキじゃない。」
おはようと笑う彼女が息をすることに、アズキは当たり前のくせにほっとした。アズキがうまく笑えなかったらしい。寝ぼけたナナセが首をかしげた。
「少し夢見が悪くて」
だめだな、と笑うとナナセも困ったように笑った。
「あたしも嬉しくない夢だったの、続きが見たくなかったからね、起こしてくれてありがとう。」
ナナセがシーツをはいでひとつ伸びをする。
それはよかった、と続けるとナナセはベッドの端に腰掛けてアズキを見上げた。
「もう一度寝る気にもならないし何か飲もうか。」
ナナセの提案にいいねとアズキが同意し、ふたり分のカップを持ち出してくると、ナナセはお湯の沸いたケトルをテーブルに持ち寄ってきた。
スズランが水道設備も張り巡らせたことで、部屋の外に出ないでも生活を送ることができるようになっている。
冬の寒い朝は温かい飲み物に限る。冷えた自分に染みこむようだった。
しばらくするとトーヤが朝の鍛錬に付き合えとせがみに来るだろう。毎日のことだ。
「思ったより時間がたったね。」
ナナセが明るくなり始めた窓の外に目を細めながら呟いた。
「そうだね。」
「まだみんな寝ているんだろうね。」
「そうだね……」
誰かが居るという安心感が、今更やってきても困りものだった。
「アズキ?」
「――うん、」
覚えのない少年の孤独な悪夢が、涙になってやってきた。膝頭に顔を埋めると、うまい具合に涙を隠すことができた。うまく誤魔化せていなかったが、ナナセは何も言わないでくれた。早起きだからね、誰も居ないねと白い髪が笑うたびに揺れて、アズキはひとりではないことを思い知るのだった。