空色の瞳にキスを。
そんな心は露知らず、冷たい冬の空気の中に飛び込んだナナセは両手を広げて冷たい空気を感じていた。

自分の住む小さな国が、とても大きく見えるこの瞬間が大好きだ。

自分の背中に目には見えない翼があるように感じられて、ナナセは思わず笑った。

落ちながら魔力を操って、速度を緩めた。

下は城下町だ。
窓から飛び降りたら決まってここに降り立つ。

窓から飛び降りる日は決まっていない。
下にいる町人たちは何も気付かずいつものような生活をしている。
そんな時に子供が降ってきたのだ。
町人は大慌てで煉瓦造りの道を開けた。

落下速度に似合わない軽やかさで路地に着地する。

少女を囲む街人の誰かが、ぽつりと呟いた。

「……ナナセ王女様?」

一瞬驚いた素振りを見せたが、町人にはいつものことのようで、それぞれが銀髪の小さな娘に笑顔を見せる。

「また来てくださったんですか!!」

女の人が身を屈めて彼女と同じ目線で笑いかける。

「うん。みんなの邪魔してごめんなさい。」

「いやいや、そんなことありませんよ。
王族は狙われやすいからと、と来られない方が沢山おられますから、貴女が来て下さってとても嬉しいです。
ルイの王様と娘様は私たちの事を考えて下さっているんだって。」

小さな子供に分かるように、温かく言ってきたのはひとりの老人だった。
けれど歓迎はそれきりで、皆言葉を失い王女の背中に見惚れている。
状況が掴めていないのは、ナナセただ一人。


「そう言ってくださる国民がいればこの国は大丈夫だな。」


石に響く硬い靴の音に続いて聞こえた声は、ナナセが待ち望んでいたものだった。

「とうさん!」


割れた人垣から出てきたのは優しく笑う細身の男だった。
後ろに従えた三人の護衛より幾らか豪奢な出で立ちは、王と言うにはあまりにもお粗末ではあるが静かに彼が主だと語っている。

月明かりに似た銀灰の髪と眼を持つこの男こそが、民の敬愛する三代目国王である。

「国王様……お帰りなさいませ。」

民衆の一人が恭しく頭を下げると、民衆はそれに倣う。

「ありがとう。ただいま。」

にこりと、愛嬌のある笑顔を見せる敗戦国の王。
敗けても尊厳を失わない、王族の証である銀髪が背中で揺れる。
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