空色の瞳にキスを。
時を少し遡る。


スズランがカートに食器を仕舞う音が響く部屋。台拭きを任されたルグィンと彼女の二人しかいない。
ナナセは空気に聡いのか、先に行くねと先に出ていった。王女の後を追うべく片付けながら、スズランは静かに笑った。

「貴方に訊いても答えてくれなかったけれど。」

手を止めたルグィンはルグィンは小さな相槌を返す。

「あの子を貴方が助けた理由、なんとなく分かったわ。」

スズランはやわらかく、さっき見たあの笑顔を思い出しながら言う。

「そうかよ。ナナセを助けたのは偶然だったら、いいのに。」

そうやって彼が瞳を伏せるときは、何かを言いたくても言えないときだと、スズランは知っている。今言いたいことも、なんとなく分かる。

「貴方の運命は狂いはしないわ。
自分の意思で、廻るだけよ。」

人は決められている運命という道を辿るものだと信じられている。
スズランが口癖のように口にするそれは、一種の祈りに近かった。

「まっすぐで純粋なあの子も……。狂わせはしないわ。」

今はじめて喋った。けれどそこまで思わせる何かを持つ、あの少女。年も二つしか変わらない少女だった。

「あ、あいつ、サシガネたちに見つかった。」

ルグィンは敏感な耳で防音の壁さえものともせずに、廊下の話を聞き取る。

「なんでよりによってサシガネなのよ、欲の塊なのに!」

そうやって、スズランはカートを持って急いで扉に向かう。

「だけど貴方も、変わったわね。そんなに優しい瞳が出来るんだ。」

「……さっさと行けよ。」

出ていきざまのスズランが吐いた捨て台詞に、手をひらひらと払って、ルグィンは吐き捨てるように呟いた。
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