空色の瞳にキスを。
魔力は自分の回復のために使われているようで、彼女が自由に扱う魔力はまだ少ないらしい。
多分、キンヤという人が使っていた武器が、殺魔の力のあるものだったのだろう。回復にも手こずるのはそのせいもあろう。
夜の闇でなかなか見えないが、この建物はかなり大きな屋敷だった。ナナセが借りている部屋は二階のようで、その上にまだ二階分ある。

足元には硬い煉瓦。
目の前には多分石造りの屋敷。
この屋敷の持ち主だと言っていたスズランは、どれだけ凄い人なのだろうか。

周りには運良く誰もいない。煉瓦に裸足をつけて、背筋を伸ばして空を仰ぐ。満天の星空に細くて切れそうな三日月。日が沈んで間もない時間だろうか。星たちの煌めきに圧倒されて、自分を小さく弱く感じる。

ざあっと音をたてて吹いた風は、月明かりに光る銀色の髪を乱す。ナナセの心が、揺れた。

──あたしはなんでここにいるんだろう。
利用されるのだろうか、それなら、と思えば、ぐらぐらとたくさんの疑いと後悔が溢れてきて。

──あたしは、なんでアズキのことに心を痛めているんだろう。

誰かに心を動かさないって、動かして迷惑をかけないって、決めたのに。

父の死からずっと閉じ込めていた自分の心はいつの間に開いてしまったんだろうと、自問しながら本当は分かっていた。

感情を表すことの方が多いような小さな頃からの本当の性格。その性格を、本来のあたしの姿を引きずり出してくれたのは、彼らだって。

この扉を開けたのは、アズキだと。この冷たい心を溶かしたのは、トーヤだと。
手を伸ばせば、闇に飲まれて指先は見えなくなる。それでも、手を伸ばす。先が見えないなら、届いているようでそれでよかった。

風が新鮮で心地よかった。久しぶりの風は秋の匂いとともにナナセを包む。ナナセの銀髪はかすかな月の光でキラキラと星屑のように輝く。スカイブルーの瞳は夜空のように澄んでいる。彼女の姿は、まるで夜の闇と月を表したかのようにあたたかく、そして切ない。

ほんの少しの決意をともした瞳を、彼女はそっと閉じて、外であることを忘れて風に耳を傾ける。そんな彼女は背にした屋敷から人が来たことには気付かなかった。

唐突にぐい、と襟首を捕まえられる。

「──きゃ!?」

ぐん、と後ろに振り回される。驚くナナセの首に、ふたつの腕がまわる。

「──き、」

突然の腕の来襲に強張る体。ナナセの唇が叫びの形になったところで、耳元で男の声がした。

「ナナセ。」

低くて優しい、その音。耳にかかる声がくすぐったい。

「ナナセ、俺だから。」

囁くその声に、聞き覚えがある。どこか硝子のような切なさを含む声。

「ルグィン……?」

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