空色の瞳にキスを。
右手に柔らかく左手を添えて柔らかく瞳を伏せる。ナナセが思い返したのは別れ際のソウレイの咆哮。あんなことは滅多にしないから、きっとあれが彼の魔術だろう。

「あの龍そんなことできるのか?」

わずかに目を見開いたルグィンに、俯き視線を逃がす彼女は微かに笑った。

「魔術師と龍のあいだで普通はそんなことはしないけれどね。ソウレイは初めて行った街の土地神様よ。昔からのあたしの知り合いだから、かな。
ソウレイは私が一番共に闘いやすい炎の龍神だよ。」

ふら、と窓の外を見たナナセは、見えた山のもっと北の、ソウレイがいる土地を見るように、遠くに視線を流していた。


「召喚以外にも会ったことがあるし、安心できるの。
召喚するものを制御できないと術者が危ないものね。」


「危ないと言うなら……ナナセ。貴女のあの魔術式は危ないわよね。
魔力を食われて身を滅ぼされるわよ。」

「うん、そうだね。」

ふ、と笑いナナセはそれ以上語らない。

「それはどういう……。」

隣で話に追い付いていない顔をするルグィンが尋ねた。ルグィンが口を挟むとは珍しい。

「詠唱で召喚する魔術の神々……召喚獣たちは、魔術師の力量で使える力が限られていくものなの。
どうしてかって、自分の魔力が奪われ、神に食われないようにと命令に必要な魔力しか明け渡さないからね。」

「神に食われる?」

魔術師ではないルグィンはあまり詳しくないらしい。スズランが答えようと口を開いた。

「自分より強い力を借りるから、渡した魔力を通じて、体を乗っ取られることもあるそうよ。」

「それで。」

「あの龍神があれだけ自由に動けるのだから、ナナセはその必要な魔力以外を明け渡して、自分の身を守ることをしていないと、私は見たんだけれど。」

スズランの声にルグィンが僅かに身を固くする。ナナセはふたりに視線を受けて戸惑う。

「それは……」

「そう、危ないのよ。」

ため息を落として肩を竦めたスズランを、ナナセは握り込んだ拳を隠して見上げた。

「ソウレイは絶対そんなことをしないよ。昔からの知り合いだもの。
ほとんどソウレイに任せているけれど、少しだけ詠唱しているし。
それに今のあたしでは、あの戦い方の他に誤魔化す方法が思い付かなかった。」

武闘場での詠唱は龍神ソウレイができるだけ動きやすいようにと魔術の召喚式を組んでいた。身の内にあるまだ使い慣れない魔力を、使えるソウレイが使う。

ナナセはまだ瞬間的に魔術が使えないからだ。魔力はあれどまだ使えないなら、使ってもらえばいいと、ソウレイを喚んだ。

直に会うことは幾らかの絆を意味する。その辺りのことは魔術師のスズランは理解してくれるだろう。

少し暗い色を含み始めた表情と声色に、スズランもルグィンも二人とも曖昧に返事を返した。暗黙が包みかけた部屋の空気を変えたのはスズランだった。

「暗い話はここまでね。」

ぱん、と鳴った手の音に現実世界に引き戻されたナナセは、ぱちりと目を見開きスズランを仰いだ。

「ナナセ、明日の昼間に外に出てみない?」

スズランは子供のように笑った。

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