空色の瞳にキスを。

4.冷たい瞳

朝の眩しさに眠気がすっと消えていく。ナナセは大きな伸びをしてベッドから這い出した。

今日はスズランが選んだ白地に紺色の水兵服を着る。彼女曰く、街ではそれなりに流行っているらしい。どこでそんなに集めてくるのか、そういうお洒落の類いにスズランはうるさかった。
ナナセ自身はブラウスとスカートで過ごしても構わないのだが、スズランが許してくれない。とはいえ着ている自分にも分かるくらいに、確かに白銀に紺はよく映える。

鏡に向かって少しだけ笑う。よし、と朝の気合いをいれるのが、彼女の日課になりつつある。待ちわびた扉のノック音がした。

振り返り返事をすると、扉の向こうから声がした。

「私とルグィンよ。」

裸足のまま扉へ向かう。見えた二人の姿に、ナナセは我知らず笑った。

「おはよう。待ってたよ。」

「おは……、」

ルグィンがそれきり言葉を止めた。不思議に思って見上げると、いつもより丸く見開かれた目があった。

「あら!可愛いじゃない。選んで正解だったわね。」

優しく髪を撫でて、スズランが喜んでくれる。なんだかそれが照れくさくて、知らない内に笑っていた。

「そうかなあ?」

「ほんとよ?ね、ルグィン?」

「え、いや……、ああ、そうだな。」

隣でくすくす笑っているスズランを一睨みしたルグィンは、部屋へと入っていく。スズランがそれを追いかける。そんなふたりの背中を眺めつつ、ナナセは静かに扉を閉めた。

──いいな。

旧知の二人の間に突然に飛び込んできた自分は、付き合いの深さが違う。
心は持ちたくないとずっと願ってきたのに、彼らと触れあえる心が欲しいと思ってしまう。

『その時』辛いのは全部あたしだと、経験が警鐘を鳴らそうとも、孤独な心は嘘をつかない。
経験が押しとどめてきた本心は、アズキと出合い顔を出し始めていた。友達と言われることの嬉しさが、裏切られる傷を隠そうとしていた。

一度知ったあたたかみはそう簡単に消えやしない。
扉のそばで立ち竦むナナセの揺れる瞳に、スズランは気付いたようだ。

閉めた扉のドアノブに片手を添えたまま、歩み寄った獅子を銀の少女は見上げる。その瞳の前に、スズランが手のひらを差し出す。

「ナナセ?おいで。」

その声と左手に、ナナセは息を止めた。見上げたスズランは優しく微笑んでいる。こちらにおいでと誘われるそれだけが、彼女にとって限りなく嬉しくて。喉から声が、出なかった。

「……うん。」

掠れた声しか絞り出せないまま、ドアノブにかけたままだった右手を伸ばした。

一歩、スズランへと近付く。怖々とした遅いナナセの歩みに、待ってくれているようだった。ルグィンと恐る恐る目を合わせれば、無愛想なその顔はいつもと変わらないけれど、どこか瞳が優しい。
ふたりの優しさが、ふたりがいること自体が嬉しくて、たまらなくて、ナナセは笑った。

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