空色の瞳にキスを。
困ったようにルグィンはため息を吐いて、くるりと背を向ける。

「……悪いかよ。行くなら早く行こうぜ。」

自分が化け物だと告げながら、草木を愛でるのが好きなひと。先を歩く背中に、ナナセはなんだか親しみを覚えてしまう。

「……なんだよ。」

知らぬ間に微かに笑っていたらしい。ルグィンがナナセを振り返る。

「ううん、ルグィンは優しいな、って。」

獅子の背丈に隠れる小さな彼女が笑って落としたその言葉に、ルグィンはなにも返さなかった。

さぁ、と冬の風が吹く。足元で枯れ葉が踊る。
ナナセは返答を求めてはいなくて、冬の風に笑っている。



「さぁ、行くわよ。」

スズランが空を見上げた。

「ねぇスズラン、まさか……。」

「えぇ、空を行くわよ。」

だってそうでしょう、とスズランは心地よいくらい笑っていた。
確かに未だ姿を変えられない自分は陸路を行けない。変化の魔術は、内側を幻の膜で覆うようなもの。ナナセは包むべき身体の魔力が高すぎて破けてしまう。こんな辺鄙なところであれば、空を行く方が断然楽だ。

「そっか……。」

スズランには分からないようにナナセは顔を伏せ、唇を小さく引き結んだ。ナナセにとってはまだ長距離を飛ぶことは苦しいものだ。

「ああ、ナナセは魔術を使わないでね。」

どういうこと、と顔をあげたナナセにスズランはくすりと笑う。不思議に思って首をかしげるナナセの肩を持つと、ルグィンに向かわせた。

「え?スズラン?」

「ルグィンに運んで貰うから。」

「「え?」」

彼女のその言葉に、ナナセもルグィンも固まった。ナナセがスズランを振り返ると、スズランはなぜだかとても楽しげだった。

ナナセがちらとルグィンを見ると、彼も彼で困ったように目が揺らいでいた。

「そんな、あたし、」

「大丈夫よ、ルグィンは落としたりしないわ。」

「そうじゃなくて……!」

なぜだかスズランはいつもよりも強引だ。とん、と背中を押されてナナセはルグィンの目の前に立たされた。

「はいルグィン、ナナセをよろしくね。」

スズランがルグィンの肩を叩いた。スズランと睨み合っていたルグィンが結局根負けしたようで、最後にルグィンはため息をついた。

「ここから飛ぶわよ。」

「……おう。」
「うん。」

軽く地面の煉瓦を蹴って、スズランが飛び上がる。彼女の薄桃色のワンピースが風に揺れた。空中から地上の彼らを振り返った彼女は楽しげに笑った。

「お先に。」

前へと向き直るとスズランは木の先でとん、ともう一度跳ねるとはるか先へと飛んで行く。その動きが獣のそれによく似ていた。

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