空色の瞳にキスを。
暫くふたりはスズランが消えた方角をぼんやりと眺めていた。

静かになった裏庭に、ルグィンが呟いた。

「俺たちも行くか。」

「うん。ごめんなさい、よろしくね。」

どうすれば良いか分からなくて、ナナセは緩く笑った。見上げた先のルグィンは、ナナセから逃げるように視線を逸らした。

「……悪ぃ。」

申し訳なさそうにいうルグィンに首をかしげる間もなく、ナナセは少し強引に抱き寄せられた。
ナナセがあっと思った瞬間にはふわりと体が宙に浮いていた。目をあければ、すぐそこに金色の瞳。聞こえる息遣いに、戸惑う。
動揺すると、ルグィンは違う風に解釈したようで、優しく抱き直された。

「大丈夫か?怖い?」
「ううん、平気だよ。」

答えるときに目を開ければ、二人の距離がぐんと近い。自然と目が合う。
ナナセがなんだか心がざわついて視線を逃がした。

「……近いな。」
「うん、思ったより。」

ルグィンが静けさを破ってくれたから、なんだか不思議な感覚はすこし紛れた。

「行くか。」
「うん。お願いします。」

ルグィンが地面を蹴り出した。とーん、と跳ねれば、風を切るような速さで体が浮き上がる。このまま飛べば、晴れた高く青い空に吸い込まれるようだ。
何も出来ないナナセは遠ざかる地面を見下ろす。銀色の髪が、空中に舞う。

彼女が漏らした感嘆の声は、空気においてけぼりになる。

「あいつ絶対確信犯だろ……。」
「……ん?」
「いやなにも。」
「そう?」

答えてくれる気はなさそうなので、これ以上は聞かなかった。お互いが黙ると、ルグィンが膝を曲げた。

「よっ、と。」

軽く跳ねてから、両足を揃えて屋根を大きく一蹴りした。ただそれだけで、ルグィンは遠くまで跳ねる。
あっという間に遠ざかる屋敷に、ナナセが声をまた上げた。その声に彼が微かに笑った。

移り行く景色と、吸い込まれそうな青い空。ナナセが思わず笑った。

「お前、空が好きだな。」

「うん、好き。なんだか青が好きみたい。」

ふたりの声まで洗われたようにどこか爽やかに空気に解けた。
ルグィンがナナセにつられるように空を見上げた。

「いいよな、空も、青も。」

二人の瞳には、同じ空が映っている。同じものを同じように見て、同じように笑えるのなら。

ルグィンが屋根や背の高い木を足場に、また空中へ蹴り上がる。その度、柔らかく香る空気に、胸が落ち着く。今の気持ちを逃さないようにと、ナナセはそっと息を止める。

──もう少しだけ、二人を頼ってみたい。

──ルグィンなら、頼りたい。
──スズランなら、頼りたい。
──心をもっと、信じてみよう。


「うん、そうだね。」


──あたしは同じ目線で、同じ空が見たい。


綺麗だね、と笑った声は、自分が思うよりも涙を含んでいた。
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