空色の瞳にキスを。
彼女の足元では草木がふわふわと育つ。風とともに青と白の彼女の水平服が揺れる。
無邪気な彼女の明るさに笑うスズランの隣で、ルグィンは静かに彼女を見つめていた。彼の金色に輝くその瞳が誰を見るときよりも、ぐんと優しい。誰の目から見ても明らかな差に、含み笑って彼女に聞こえないようにスズランは呟いた。
「あの子、ナナセは、可愛いでしょう。」
急に振られた話にルグィンは目を丸くしたが、すぅ、と目を細めて頷いた。
「あぁ。」
黒猫が獅子には嘘はつけないと、知っていて尋ねた。自分をどう誤魔化しても、長年の勘からか見破られてしまう。
口元を右手で隠すが、彼の金色の瞳は魔法の花と戯れる彼女を捕らえて離さない。
獅子は優しく笑みを深めて、けれどもまたすぐに笑顔を少し落として小さな声で呟いた。さっきまでの茶化すみたいな笑い声は消えて、染み渡るようなどこか寂しげな声音だった。
「あの子、すごく純粋。綺麗な心をしてるわ。姿も綺麗だけど、関係ないわ。
……本当に、心が瑞々しいの。」
そう言ったのち、ひと呼吸。
「貴方、あの子に惹かれてるでしょ。」
言い当てられたからか、ルグィンはくるりとスズランを振り向いた。
彼の本音を見破るのは彼女にとって容易いこと。血は繋がっていないけれど、いつも一緒だった戦友以上の彼だから。彼のまっすぐな瞳は、嘘が下手だから。弟を見るような目で、スズランは困ったように笑う。
「あぁ、惹かれてる。どうしようもなく惹かれてる。出会って間もないのにな。……おかしいな。」
どこか痛々しい硝子のような声だった。
「案外簡単に認めるのね。」
「スズランだから言うんだろ。……それに認めない方が楽だとしても、俺は逃げたくはない。」
突然ごう、と強い風が吹く。その中で、ぽつりとルグィンは呟いた。
「……俺が、守りたい。」
彼の声には風に消えないような芯があった。巻き上がった風の行方を探すように、二人は空を見上げた。風に巻き上げられて青や赤、黄や桃の色とりどりの花が空に舞う。彼らの視線の先の彼女も、空を仰いだ。
スズランは金色の髪を片手で押さえて、また言葉を紡ぐ。
「あの子を守るのは並大抵のことではないわ。綺麗でまっしろだけど、あの子も確かに闇を持っている。
それに身分が違うわ。……貴方は実験で使われたモルモット、あの子はどこまでいっても高貴な王女様よ。」
ふたりが見つめているとも知らず、銀色の彼女が空に手を伸ばす。その手に触れた、赤い花びら。指先に触れてまた風に舞い上がり空に消えていく。
「──それでも。」
わかってる、と彼は呟いた。
強い風がまた巻き上がる。強風に飛ばされて花が宙を舞う。それを視界の中でナナセは簡単な魔術で自分のもとへと集める。
スズランは花を抱える少女をぼんやりと目で追いながら、呆れたように笑った。少年の心意気にため息が出る。彼女に出会いたった半月ほどの少年に、深く彼女はいるらしい。
「貴方も凄いわね。」
「……知ってる。」
ちらりと流し目で微笑んだ彼は、すぐにスズランから視線を外した。切なげに揺れた金の瞳がすぅ、と優しく細まった。
視線の先では、両手に色とりどりの花を抱えた銀の少女が振り向いて向いて柔らかく笑っていた。
「ナナセ。」
スズランがそう名を呼べば、空より淡いその瞳がこちらをじっと見た。両手で大事そうに色とりどりの花を抱えながら、彼女が二人のもとへと駆けてくる。
「スズラン、ルグィン。」
三人の中で一番小さいナナセは、二人をきらきらとした瞳で見上げる。笑うナナセの銀色を揺らす冬の風が、また吹き上げた。
「随分集まったのね。」
「綺麗でしょう?」
暗い笑顔ばかりのナナセが、人前で純粋な笑顔を見せるのは彼女にとっても大きな変化であるだろう。それをまだ知らないで、空色の瞳にふたりを映して、彼女が口を開く。
「スズラン、ルグィン。連れて来てくれてありがとう。
とっても嬉しい……。」
最後は語尾が消えかけて、ナナセは俯いた。またスズランの隣で金の瞳が優しい光を帯びる。スズランは最近の彼に驚きを抱えていた。
彼女との出会い以降の黒猫の変わりようを、一番知っているのはスズランだ。あれほど冷めた心の持ち主だった彼を、こんな目ができるまでに変えていく。彼女ひとりの存在が、彼の世界を大きく廻す。
──この想いが叶うなら、それはまさに運命だろう。
そう思いつつ、ぎこちなく笑い合うふたりにスズランは目を細めた。
無邪気な彼女の明るさに笑うスズランの隣で、ルグィンは静かに彼女を見つめていた。彼の金色に輝くその瞳が誰を見るときよりも、ぐんと優しい。誰の目から見ても明らかな差に、含み笑って彼女に聞こえないようにスズランは呟いた。
「あの子、ナナセは、可愛いでしょう。」
急に振られた話にルグィンは目を丸くしたが、すぅ、と目を細めて頷いた。
「あぁ。」
黒猫が獅子には嘘はつけないと、知っていて尋ねた。自分をどう誤魔化しても、長年の勘からか見破られてしまう。
口元を右手で隠すが、彼の金色の瞳は魔法の花と戯れる彼女を捕らえて離さない。
獅子は優しく笑みを深めて、けれどもまたすぐに笑顔を少し落として小さな声で呟いた。さっきまでの茶化すみたいな笑い声は消えて、染み渡るようなどこか寂しげな声音だった。
「あの子、すごく純粋。綺麗な心をしてるわ。姿も綺麗だけど、関係ないわ。
……本当に、心が瑞々しいの。」
そう言ったのち、ひと呼吸。
「貴方、あの子に惹かれてるでしょ。」
言い当てられたからか、ルグィンはくるりとスズランを振り向いた。
彼の本音を見破るのは彼女にとって容易いこと。血は繋がっていないけれど、いつも一緒だった戦友以上の彼だから。彼のまっすぐな瞳は、嘘が下手だから。弟を見るような目で、スズランは困ったように笑う。
「あぁ、惹かれてる。どうしようもなく惹かれてる。出会って間もないのにな。……おかしいな。」
どこか痛々しい硝子のような声だった。
「案外簡単に認めるのね。」
「スズランだから言うんだろ。……それに認めない方が楽だとしても、俺は逃げたくはない。」
突然ごう、と強い風が吹く。その中で、ぽつりとルグィンは呟いた。
「……俺が、守りたい。」
彼の声には風に消えないような芯があった。巻き上がった風の行方を探すように、二人は空を見上げた。風に巻き上げられて青や赤、黄や桃の色とりどりの花が空に舞う。彼らの視線の先の彼女も、空を仰いだ。
スズランは金色の髪を片手で押さえて、また言葉を紡ぐ。
「あの子を守るのは並大抵のことではないわ。綺麗でまっしろだけど、あの子も確かに闇を持っている。
それに身分が違うわ。……貴方は実験で使われたモルモット、あの子はどこまでいっても高貴な王女様よ。」
ふたりが見つめているとも知らず、銀色の彼女が空に手を伸ばす。その手に触れた、赤い花びら。指先に触れてまた風に舞い上がり空に消えていく。
「──それでも。」
わかってる、と彼は呟いた。
強い風がまた巻き上がる。強風に飛ばされて花が宙を舞う。それを視界の中でナナセは簡単な魔術で自分のもとへと集める。
スズランは花を抱える少女をぼんやりと目で追いながら、呆れたように笑った。少年の心意気にため息が出る。彼女に出会いたった半月ほどの少年に、深く彼女はいるらしい。
「貴方も凄いわね。」
「……知ってる。」
ちらりと流し目で微笑んだ彼は、すぐにスズランから視線を外した。切なげに揺れた金の瞳がすぅ、と優しく細まった。
視線の先では、両手に色とりどりの花を抱えた銀の少女が振り向いて向いて柔らかく笑っていた。
「ナナセ。」
スズランがそう名を呼べば、空より淡いその瞳がこちらをじっと見た。両手で大事そうに色とりどりの花を抱えながら、彼女が二人のもとへと駆けてくる。
「スズラン、ルグィン。」
三人の中で一番小さいナナセは、二人をきらきらとした瞳で見上げる。笑うナナセの銀色を揺らす冬の風が、また吹き上げた。
「随分集まったのね。」
「綺麗でしょう?」
暗い笑顔ばかりのナナセが、人前で純粋な笑顔を見せるのは彼女にとっても大きな変化であるだろう。それをまだ知らないで、空色の瞳にふたりを映して、彼女が口を開く。
「スズラン、ルグィン。連れて来てくれてありがとう。
とっても嬉しい……。」
最後は語尾が消えかけて、ナナセは俯いた。またスズランの隣で金の瞳が優しい光を帯びる。スズランは最近の彼に驚きを抱えていた。
彼女との出会い以降の黒猫の変わりようを、一番知っているのはスズランだ。あれほど冷めた心の持ち主だった彼を、こんな目ができるまでに変えていく。彼女ひとりの存在が、彼の世界を大きく廻す。
──この想いが叶うなら、それはまさに運命だろう。
そう思いつつ、ぎこちなく笑い合うふたりにスズランは目を細めた。