怪盗は静かな夜に出会う
「―――胸、」
吐息の触れ合う距離で静也がポツリと呟いた。
「……え?」
「胸、偽物だよね?」
「なっ……!」
驚いて思わず顔を離した彼女(?)は、見開いた目で静也を凝視する。
「ひ、ヒドくない?女の子に向かってそんな―――」
「それに綺麗な声だけどハスキーだし、骨格の感じから言っても女性じゃない。君、男だ」
そう言う静也の表情は先程と何一つ変わる事がない。
「……は!さすが女慣れしてるってか」
途端、怪盗の声と表情が変わった。
「大抵の男どもはちょっと色気振りまいてやりゃあ、すーぐ騙されるけどな」
静也は黙って相手を見つめる。
「テメェこそ、綺麗すぎるツラは女顔負けだよ」
低音ボイスでそう言った怪盗は身体を離すと、ため息をつく。
「お遊びはこの辺にして、そろそろ『暁の祭杯』をもらってくか」
そういうと、催眠スプレーをちらつかせる。
『暁の祭杯』は、はるか昔の中国の使者からの献上品で、歴史的にも美術的にも価値の高い品だ。
「……ここにはないよ」
抑揚のない声で静也が言った。
怪盗がそれを笑い飛ばす。
「知ってるんだぜ?改装のために他所へ移したと見せかけて、ここの地下金庫に隠してあるってな」
「ここには、ないんだ。だから君の手には入らない、絶対に」
再びそう言った静也にイラ立った彼は、ギリッと相手の襟元をつかんだ。
「テメェ!―――」
怪盗が手に力をこめるのと、静也の服のボタンがブチッと音を立てて飛ぶのは同時だった。