記憶


彼との出逢いは唐突だった。
仕事帰りに何気なく立ち寄った居酒屋で声をかけられたのだ。
普段なら寄り道などせずに真っ直ぐ帰宅するのだが、その日は立て続けに重なった不幸をどうしても素直に受け入れられずに、酒の力を借りて忘れようと考えた結果あの場所へと足を運んだのである。
もちろん40歳を向かえた今一
当時は37歳だったのだが、妻子も持たず彼女も友達もいない私が一人でカウンターに座っていたのは言うまでもない。
そこへ…私の座る隣の椅子を引き静かに座ったのが彼だったのだ。
スラッとした足を組み、私側、左の耳にピアスを3つ付けていた。
髪は茶。
いかにも今風の所謂イケメンと呼ばれる男だった。
その彼は正面、カウンターの中に視線を向けたまま、こちらをチラリとも見ずに「甲斐雄大さんですよね。」と小さな声で語りかけてきたのである。

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