記憶
止まれという命令が聞こえるまで実に長い時間歩いていたように思う。
その間会話は一切なく、どうやって辿り着いたのかは全く覚えてないのだが、人気のない見知らぬ海岸でその台詞を彼は吐いた。
この出来事の半年前に転勤でこの地に引っ越してきた私が周辺の地理に弱いのはもちろんだが、それでもここに来て海を一度も見たことがなかったことを考えると相当な距離、時間を歩かされていたのだろう。
彼は足を止めた私の前に回り、真っ直ぐこちらを睨みながら口を開いた。
「あんた、工藤佐絵子の事知ってるよな。」