自分の中で

しかし、なかなか結果を出さない義男に、香奈は苛立ちを覚えていた。 義男はとにかくこの瞬間だけを逃れればよかった。
香奈にはわかっていた。
義男が自分の将来に対して真剣ではないことを。
「今度、いつ面接に行くのかな。」
しかし義男は平然としていた。
何か自分には関係ないみたいに。
しかし、香奈の手前、何かしら行動しないといけないとは思っていた。「今度、面接に行こうと思うんだ。」
義男は何気なく香奈に就職雑誌を近づけ、今度受ける会社を見せた。
香奈は驚いた表情を見せた。
「あのさ、義男。こんな有名な会社受けて大丈夫なの。」
義男は何回も有名な会社をわざと受けていた。 もちろん受かるつもりなど、さらさらなかった。ただの香奈に対してのパフォーマンスであった。
今、香奈にアパートを追い出されたら、行く所がないからだ。
実家の名古屋に帰るわけには、行かなかったし、東京の友達はみんな就職をして忙しかった。
いや彼らに対して後ろめたさがあったからだ。 義男はそんなことに対しては、プライドが高かった。
「ああまあ何事も挑戦しないと。」
義男はいつものように香奈に言った。
しかし香奈は堪忍袋の緒が切れたのか、今回は執拗だった。
「自分の身の丈にあった会社を受けたら。」
香奈はいつもになく真剣だった。
「何言ってんだよ。男だったら挑戦しないと。」 義男は平然と嘘ぶいた。
「それに俺、今の運送屋で正社員にならないかと誘われているんだ。」
もちろん嘘である。クビになりそうな状況であった。
配ってなんぼの仕事だった。
結構、配達先の呼び鈴を押すと、子供が出てきた。なかにはまだ字も書けない子供も。
義男はそんな子供の手をつかみ、サインをさせていた。もちろんクレームの電話が。
金になればいいと義男には、罪悪感はなかった。
「じゃあ、正社員になれば。」
香奈は言い放った。
義男は腹が立ってきた。
「なんかロマンがないじゃん。」
「ロマンって言葉知っているんだ。」
香奈はいつもはっきりしない義男に怒りをぶつけてきた。
「これは、やばい。」
義男は思った。しかし何か腹が立つ。
六畳の狭い空間に不穏の空気が流れ始めた。