お姫様に花束を

「ここはのう、昔はカップルに人気の場所だったんじゃよ」


ゲンさんはナツメザクラを見つめながら突然そんな話を始めた。


「春になると花見に来るカップルが大勢いての。
舞い落ちてくるハート形の花びらを二人同時に掴めたらその二人は永遠に幸せになれる、なんていうぐらいだからの」

「……ロマンチックですね」


カノンが静かに微笑みながらそう言う。


「50年以上前の実話を元にした話なんじゃよ」

「実話……ですか?」

「実際にいたんじゃよ。
ここで二人同時に花びらを掴み、最期の瞬間まで幸せに暮らした一組のカップルが」


ゲンさんの話を聞きながら、うっとりしたようにナツメザクラを見つめるカノン。


……この木に手を伸ばしてみようか。


俺はカノンを見つめながら思わずそんなことを思っていた。


< 166 / 271 >

この作品をシェア

pagetop