この空のした。〜君たちは確かに生きていた〜
 


まつはきっと兄さまに、もっと別の言葉をかけてもらいたかったんだ。


たとえば兄さまが「まだ嫁にいくな」と、
「そばにいてくれ。約束しただろう」と、
そうおっしゃって下さったなら。


まつはどんなに嬉しかったことでしょう。


たとえそれが叶わぬことだと知りながらも、そのあたたかな想いを胸に、どれだけ心穏やかに嫁いでゆけたことでしょう。


(―――そう。まつは)


まつは。



「兄さまのことを、好いているのね……?」



私の言葉に、伏せていたまつの目が、ゆっくりと私を捉える。


目にはまた涙が浮かんでいて。

隠していた心を知られた哀しみが、その瞳を包んでいた。



「……ゆきさま。このことはどうか、お忘れになって下さい。私は、自分を恥じております。

卑しい身分でありながら、これほど良くしてくださる旦那さまのご子息に、あってはならぬ感情を抱いてしまったことを。

四つも年の離れたお方なのに……」



まつが俯くと、涙の粒がぽたぽた落ちる。


そんなまつに、何も声をかけられない。
その痛々しい姿を、見守ることしか。


まつは溢れ出る涙を塞き止めるように、固くまぶたを閉じたあと、

再び開いた時にはもう、その涙を身の内にひそめてしまっていた。

まつは強い意志を表して、私に言う。



「もうすぐ私はここを出ます。ですから後生です。
このことはなかったこととお忘れになり、他の誰にもおっしゃらないで下さい」



私の前で座り込み、両手をついて地面にこすりつけるほど頭を下げて訴える。



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