この空のした。〜君たちは確かに生きていた〜
今はもう この会津でも、戦争の影響がそこかしこで見受けられました。
兄さまがおっしゃっていたような黒い軍服を着て、髷を落としたざんぎり頭の兵士が城下でも見られ、各地で転戦してきた旧幕府軍の方がたも、続々とこの会津へ集まって来ていました。
そのせいか、深い山間部に隔たれて何も知らない会津の民の心は、同盟軍の勝利間違いなしとおおいに緩み、
『都みたくば 此処までござれ 今に会津が 江戸になる』
という歌まで流行る賑わいを見せていました。
けれど その一方で、藩校日新館は軍事病院として使われることとなり、負傷者が続々と運ばれ、兄さま達は日新館で学ぶことが出来なくなっておりました。
そんな兄さま達も、いつでも出陣できるよう、連日訓練を受けています。
そして、今度の出動命令。
………じわじわと。けれど 確実に。
戦争の足音は、会津に向けて迫ってきておりました。
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