この空のした。〜君たちは確かに生きていた〜
家の中へ入ると気持ちを入れ替え、散らかったものを片づけて箒で畳を掃き清める。
それから雑巾を借りるため、まつがいる台所へ向かった。
まつもまた、嫁の立場から自ら先頭に立ち、手伝ってくれる村人に指示を出していた。
しっかり者のまつは、本領発揮とばかりにテキパキと動き、率先してひっくり返された重たい味噌樽や水瓶なんかも自分で起こそうとする。
それを見かねた弥平太さんが、まつに手を貸す。
「まつ、無理をするな。俺に貸してみろ」
ふたりは大きな水瓶を一緒に起こすと、顔を見合わせて微笑んだ。
弥平太さんは岩屋にいる時も、いつもまつや吾郎ちゃんに寄り添い、家族を気遣かっていた。
まつより三つ年上だという弥平太さんは、笑うとえくぼができる優しそうな人。
まつが弥平太さんに、どれだけ大切にされているのかがわかる。
同時にまつが幸せだということも。
それは私にとっても、とてもうれしいことだった。
旦那さんである弥平太さんは、まだ若い盛りにもかかわらず、藩が農民や商人から義勇兵を徴募した時にも、それに加わることはなかった。
「どうぞ 臆病者とお笑いください。
けれども私のようなちっぽけな人間は、『大義』よりも家族や村人のそばにいて、これを守りたいのでございます。
私にはそれ以上に大切なものなどございませんので……」
岩屋の中でそう話してくれたとき、武家士族の者から見れば、「なんという罰当たりなことを言うのだ」と、「今まで殿から受けた恩顧を忘れたか」と、憤慨するところかもしれませんが、
私には、そう思うことはとても人間らしく、自然で当たり前のことのように思えました。
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