長靴をはいた侍女
 ロニは。

 もう一通。

 手紙を。

 差し出していたのだ。

「執事頭様、昨日はありがとうございました。おかげでもう少し、雨の日の配達が出来るようになりました」

 宛名に書かれているのは、ファウス・ユーベント。

 格上に対する宛名形式ということは、子爵令嬢から彼に宛てられた手紙ではない。

 ファウスは、手袋の手をすっと伸ばして、その手紙を受け取り、彼女の前で裏返した。

 ロニ・アイフォルカ──ただ、そう書かれていた。

 外はただの雨だというのに、彼の中で雷が落ちたような衝撃が突き抜ける。

「下手な手で、お送りするのも気が引けたのですが……」

 申し訳なさそうに、ロニがその頬に微かな赤みを浮かべた。

 雷の衝撃で、ファウスは完全なる無表情になったまま、手紙を持って彼女に背を向けた。

 かろうじて、控えていた侍女にロニを暖炉の前へ案内するよう指示することだけは出来たが。

 要するに。

 彼は、いますぐこの手紙を確認したかったのだ。

 一階にある自室に入るや、扉を背にしたまま手紙を開けようとしたが、手袋が邪魔でうまく開けられない。

 イライラしながら、手袋の中指をくわえて右手だけ引き抜き、ペーパーナイフを使うことも忘れて、ロニからの手紙の封を切った。

 親愛なる伯爵家執事頭さま

 その文から始まる手紙は、昨日の彼の手紙に対する感謝で溢れた礼状だった。

 言葉だけでなく、ロニは手紙できちんと彼にお礼が言いたかったのだろう。町娘出身だと思われる、多少おぼつかない文もあったが、彼女の熱い誠意は十分に伝わってくる。

 そう長くはない手紙を三度読み返し、ファウスはそのまま自分の机へと向かった。

 インクとペンと便箋と封筒とを、おそらく昨日よりもっと速く準備し、ペン先をインクに浸した。

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