長靴をはいた侍女
「手紙を、持って来るつもりだったのか?」

 レインコートを手に持ち、長靴を履いたロニの姿は、誰にも隠しようがないだろう。

 恥ずかしさの余り、耳まで熱くなった。

 頭に回る熱のせいで、ロニは冷静に今の状態を理解することが出来ないでいた。

 何故、ここに彼がいるのだろう。

 一番大事なその答えを、どう解釈したらいいのか、彼女は分からないまま。

 答えられないロニに、ファウスは長い手を伸ばす。

「それなら丁度いい、伯爵家に向かおう」

 あっと思ったら、手首を掴まれていた。

 濡れた手袋はとても冷たかったが、彼の引っ張る強さに、ロニは反射的に足を突っ張って抵抗していた。

「あ、あのっ、お嬢様の手紙は……ないんです。だから……あの……」

 この屋敷を、堂々と出て行ける理由のない彼女にとって、ファウスと一緒に行くことは出来ない。

 だが、逆に彼がここに来てくれたことによって、別れの手紙を直接渡せる機会を得たのだ。

 もう片方のおぼつかない手で、ロニは鞄を開けた。

「あの……いままで、どうもありがとうございま……」

 何とか掴んだ手紙を引きずり出し、彼女は片手を取られたまま、ファウスにそれを渡そうとした。

 その手紙の宛名を見たファウスの目が、怪訝に彩られたままロニの目へと映る。

 彼は。

 彼女の手首を、離してくれた。

 そして、くるりと背を向ける。

「すまない……」

 その詫びの言葉の意味も分からないまま、ロニは彼の濡れた背中を見つめていた。

「すまない……少しだけ二人にして欲しい」

 ファウスは──扉の外の侍女に向かってそう言うや、木の扉を閉めてしまったのだ。

 すっかり忘れていたが、部屋のすぐ外には侍女がいたのである。おそらく、ファウスをこの部屋まで案内してきてくれたのだろう。

 そんな彼女を、扉で隔絶した後。

 伯爵家の執事頭は、ロニの方へと向き直ったのである。

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