赤い月 肆
悄然としながらベッドに向かう途中、チェストの猫足に躓いた。
ペディキュアを施した爪が折れ、血が滲む。
「もう!」
深雪が手近にあったクッションを壁に投げつけると、ウォールミラーが傾いた。
『本当の恋』なんて、できないのに。
したくても、できないのに。
『幸せ』なんて、手に入れたと思った途端に消えてしまうのに。
悲しみと寂しさと後悔だけしか残らないのに。
…去ってしまうのに…
裸のまま、ウォールミラーの前に立ってみた。
傾いているからだろうか、どことなく自分が歪んで見える。
もう無理だろう。
彼は戻って来ない。
忘れよう。
本気じゃなかった。
特別じゃなかった。
ただの遊びだった。
呪文のように繰り返す。
もう恋なんてしないのだから。
もう誰かを愛することなどないのだから。