赤い月 肆

悄然としながらベッドに向かう途中、チェストの猫足に躓いた。

ペディキュアを施した爪が折れ、血が滲む。


「もう!」


深雪が手近にあったクッションを壁に投げつけると、ウォールミラーが傾いた。

『本当の恋』なんて、できないのに。

したくても、できないのに。

『幸せ』なんて、手に入れたと思った途端に消えてしまうのに。

悲しみと寂しさと後悔だけしか残らないのに。

…去ってしまうのに…

裸のまま、ウォールミラーの前に立ってみた。
傾いているからだろうか、どことなく自分が歪んで見える。

もう無理だろう。

彼は戻って来ない。

忘れよう。

本気じゃなかった。

特別じゃなかった。

ただの遊びだった。

呪文のように繰り返す。

もう恋なんてしないのだから。
もう誰かを愛することなどないのだから。

< 122 / 265 >

この作品をシェア

pagetop