赤い月 肆
踏み抜いた床に足をとられながらも階段を駆け上がると、廊下の一番奥にある両面扉が少しだけ開いているのが見えた。
(わかりやす…)
徹底的に誘われている。
だがそれがわかっていても、躊躇いはない。
景時は洒落たドアノブに手をかけ、扉を大きく開け放った。
南側に大きな出窓があって陽当たりがいいせいか、カビの臭いが軽減された広い部屋。
ほとんど剥がれてしまっているが、かろうじて残っている黄ばんだ壁紙は花柄で、若い女の部屋だったことを思わせる。
そして、その壁に幾つも掛けられた鏡。
他の部屋にあった打ち捨てられた家具とは違い、磨き抜かれた立派な鏡。
そのどれもを、景時は知っていた。
深雪の部屋にあった鏡だ。
「深雪…」
景時が低く呟く。
「良かったぁ。
死んだのが、あのコで。」
彼女の一番のお気に入りのウォールミラーに向かって立っていた深雪が振り向き、見慣れた笑顔を見せた。