赤い月 肆

(ゴチソウサマ。)


深雪は俯いたまま笑いを堪えた。

『うさぎ』とその名を呼ぶ時の、彼の声の響き。

優しい響き。
愛しい響き。

本当に本当に大切そうに…


(敵わないなぁ…)


頬を涙が伝う。

胸に広がる、切ない痛み。
でもどこか甘酸っぱく、あたたかい痛み。

コレが失恋なんだ。

絶望と喪失感しかなかった、今までの別離とは違う。


「好きになってイイ人に、景時くんは含まれてるの?」


手の甲で拭って涙を隠し、顔を上げて悪戯そうに深雪は笑う。


「ぅぇえ?!
俺にはその… ううさちゃ」


困惑しきって頭を掻く、大切な人。

初めての失恋を教えてくれた人。

ありがとう‥‥‥


「嘘だしぃ。
帰ろ?
カノジョが待ってンでショ?」


深雪は景時から手を離した。

大切な人を、手離した。

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