赤い月 肆
黒曜や白蛇に言えなかったことがある。
相手は『鏡の』付喪神だということ。
鏡の中の世界には、微妙な歪みが生じているそうだ。
その歪みが人の神経を侵し、精神を蝕む。
鏡の付喪神に飲み込まれた人間はその歪な空間で、為す術もなく瞬時に発狂すると聞く。
もしも既に景時が、鏡の腹の中に閉じ込められていたら…
きっと、きっと、生きている。
でも…
どんな状態で?
「黒曜、妾なら平気じゃ。
もっと速く飛んでくれ。」
首に腕を回して縋りつくうさぎの目を見て少し眉をひそめた黒曜が、無言のまま速度を上げた。
うさぎは祈る。
待っていて。
生きていて。
そのままのそなたで。
うさぎは祈る。
鬼が、神が、何に祈るというのだろう。
何に祈ればいいのだろう。
黒曜の逞しい背中越しに、夜空を仰ぐ。