玄太、故郷へ帰る



………


ああ、いったい、いつからだったろう。

と、私はコーヒーを啜りながら考えていた。


玄太が「詩人になる」と言ってこの家を出て、東京に行ってしまった頃だっただろうか。

……いや。
もっとずっと。
うんと前だった様な気がする。


玄太が、弟が。
あの頃の様に私を追いかけて来なくなったのは。


「ズズズ……」


私はわざと音を立てる様にして、熱いコーヒーをもう一口啜る。


ファンヒーターの風音が、耳に障る静かな日曜日の午前中。
外ではまた雪がちらついていて、何だかまた今日も積もりそうだ。

父が、また雪かきを始めるかもしれない。
屋根から落ちる雪も、それほど邪魔にはならないのだから、放っておけばいいのに。
変に神経質なのだから、困る。
無理をすればまた、腰を痛めるのに。


私は握っていたコーヒーカップを置き、机の上から二番目の引き出しを開けた。
そこには、昨日夜遅くまで描き上げていた自作漫画の束が、息を潜めている。
今度、雑誌の新人賞に応募するための作品だ。

小学校の図書館司書の仕事をしながら、コツコツ描いてきた私の新作。
今度こそ、と、私はそれを見つめながら思う。



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