ラッパート!




彼は、にこやかに微笑んだ。


それは、「当然だ」という笑顔ではない。


「聞いてくれて、どうもありがとう」と観客に言っているかのような笑顔だった。



そして、再び彼は僕に手を差し延べた。



「楽しかったよ。ありがとう。」



僕は彼の顔を見ずに握手をした。


一生この時のことを、僕は忘れないだろう。



自分の実力を自負するのをやめた。


自分についた「天才」という名と誇りも捨てた。



悔しかった。


自分の愚かさに気づかされた気がして。


入賞したのに、素直に喜べない。



―――昔、兄に言われた。



”人は一人では生きていけない”


”手を繋いで支え合っているんだ”



まさしくその通りで。


今思えば彼の音は、自分一人の物ではなかったのかもしれない。


彼に関わった統べての人の、


彼を支えてきた統べての人の気持ちが乗り移っていたのかもしれない。




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