碧い月夜の夢
 これは夢なんだから、現実に殺される訳がない。

 最悪、例え殺されたとしても、現実世界で本当に凛々子が死ぬ訳がない。

 もし、本当にそんな事になったらきっと、寝覚めはすこぶる悪いと思うが…。



「もう、イヤ…」



 凛々子は呟く。

 早く、目を覚ましたい。

 夢の中でこんなことを真剣に願ったのは、生まれて初めてだった。

 黒い影達は、こっちを取り囲むようにじわじわと広がっている。

 本当に怖くて気持ち悪いけど、仕方ない。

 凛々子はぎゅっと目を閉じた。

 これからどうなるかは、想像もしたくないが。

 ――…でも。

 一瞬は覚悟を決めたが、凛々子はそっと目を開ける。

 おぞましい動きで、黒い影は凛々子を飲み込もうとしている。



「……っ…!!」



 やっぱり、あんなものに、一切触れられたくない。

 いくら夢の中でも。

 怖い!!!!



「手、伸ばせ!!」



 絶体絶命だと思った時、また聞こえる声。

 凛々子は無意識に、反射的に上に向かって真っ直ぐに手を伸ばす 。

 指のところが出ているグローブをはめた手が凛々子の手を掴むと、ぐいっと力強く身体が引き上げられた。

 凛々子を追いかけてきた黒い影が伸ばした手は、空中に浮かび上がる凛々子の爪先をギリギリの所で掠めて空を切る。

 そんな様子を見て、凛々子は全身に鳥肌が立った。

 取り敢えず助かって良かった。

 ――…だが、それにしても。

 一体何処まで上昇する気なんだろう?

 引っ張られるままに、凛々子の身体はぐんぐん上がって行く。

 そうしたら、逆に怖くなった。



「怖がるんじゃねぇよ。じゃないとまっさかさまに落ちるぞ」



 さっきの声だ。

 下ばかり見ていた凛々子は、ここに来てやっと顔を上げた。

 凛々子の身体を引き上げているその腕は、男らしい、筋肉が引き締まった腕だった。

 その腕の先に視線を送る。
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