碧い月夜の夢
「いいか、ちゃんと聞けよ」



 落下している最中だというのに、どうしてこいつはこんなに冷静に話し掛けて来るんだ、と、凛々子は頭の片隅でそんなことを思って。

 だけど、すぐ目の前にある少年の瞳は、少しも焦ってはいなく…それどころか、微かに笑みすら浮かべていて。



「飛べる。オマエなら大丈夫。俺を信じろ」



 力強いその言葉。

 一片の迷いもなく、しっかりと確信している。

 飛べるんだ。

 あたしなら大丈夫。

 凛々子はそう思う。

 これは夢なんだし、空を飛んでも、何も不思議な事はない。

 そう、これは凛々子の夢。

 何でもアリだ。

 開き直ったその途端、灯台がある崖に激突する直前で、二人の身体が浮いた。

 すぐ下に地上が見えて、凛々子と少年は灯台が建っている崖の上に降り立った。

 あぁ、良かったと、凛々子はほっと胸を撫で下ろす。

 現実でも最近こんなにドキドキする事はない。

 こんなアトラクションは、どの遊園地にだってない。

 絶叫系のアトラクションは凛々子も嫌いではなかったが、こんな体験は2度とゴメンだ。

 とにかく無事で良かったとほっとして横を見ると、少年が腰に手を当ててこっちを見つめていた。



「あっ、あの…」



 何処の誰だか知らないが一応、助けてくれたんだ。

 お礼を言おうと思い、凛々子は声をかけた。

 だが。



「ったく…反応遅すぎなんだよ、オマエ」

「………は?」



 腕組みをしながらこっちを見つめて、ため息まじりにこんなことを言う少年に、凛々子は思わず間抜けな声で聞き返す。




「トロいって言ったの。意味、分かってる?」



 自分の頭をツンツンと人差し指でつつきながら、少年は言った。

 意味なんて、ぜんっぜん、分からない。

 まるでそれが顔に書いてあるとでも言うように、少年は一歩、凛々子に近付くと、今度はそのグローブの人差し指を凛々子の額に押し付けて。



「全然分からないって顔してんな」



 クスクスと笑いながら、そんなことを言う。

 初めて見せた笑顔に、笑うと垂れ目が可愛いんだ、なんて事を考えてしまう凛々子。
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