碧い月夜の夢
「あ、せっかくだから、もし時間があったら、安堂さんも一緒に来ない?」



 桜井浩司は、凛々子の背中にそんな言葉をかけた。

 凛々子は振り返ると、首を横に振る。



「悪いけど、これからバイトなの。それにもし時間があったとしても、行く気もないから」



 そっか、と、桜井浩司は黙りこむ。

 だがすぐに笑顔を作り、もし今度時間があったら一緒に遊ぼうと、桜井浩二は凛々子に手を振った。

 この男は、人の話を聞いていないのだろうか。

 行く気はない、と、はっきりと断っているのに。

 凛々子は振り返らずに桜井浩司に背を向けて、雑踏の中を足早に歩く。

 もうそろそろバイト先に行かなきゃならない時間だったが、凛々子はショッピングモールの大型駐車場に停めてある車に戻り、携帯を取り出した。

 そしてバイト先に電話をかけて、マネージャーに、頭痛が酷いので休ませてくれと断ると、凛々子は車のエンジンをかけた。




☆  ☆  ☆




 外は大分暗くなってきていた。

 カラオケボックスのバイトを休んだ…と言うか、サボった凛々子は、真っ直ぐアパートに帰る気にはならなかった。

 海水浴場の駐車スペースに車を停めると、凛々子は灯台が見える砂浜の真ん中まで歩いて、腰を下ろす。

 砂浜には誰もいなくて、夕焼けの名残りが、オレンジから濃紺への綺麗なグラデーションを描きながら水平線を彩っている。

 だが今日はあいにく快晴というほどではなく、薄い雲が空一面に広がっている。

 それがなければ、きっともっと綺麗な夕焼けが見れた事だろう。

 だが、凛々子はわざわざバイトをサボってまで、そんな海の景色を眺めに来たのではなかった。

 深いため息をついて、砂浜で膝を抱えて、何処を見るでもなく中空を見つめて。

 相変わらず治まらない頭痛がする頭の中を駆け巡っているのは、罪悪感だった。

 初めて嘘をついてサボったバイト先の皆に、申し訳ない気持ち。

 週末は決まって、目が回るほど忙しいのに。

 凛々子が欠けた分、皆に負担がかかる。

 だけど、それ以上に、桜井浩司のような中学の時の同級生達が騒いでいる場所には、いたくなかった。
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