碧い月夜の夢
「そっか、良かった」



 だが訳が分からなくなって、凛々子はもう何を言っていいのか分からない。

 笑いながらそう言う眼鏡にもう1度頭を下げて、凛々子は駐車スペースに停めてある車に向かおうとする。

 だが、また声を掛けられた。



「ねぇ、頭痛、治った?」

「あ…いえ、まだ…」



 そう答えると、眼鏡はつかつかと凛々子の方に歩み寄り、どれどれ、と、額に手を当てた。

 凛々子に兄弟はいなかったが、お兄さんがもしいたなら、可愛い妹が熱を出した時にする仕草のように。

 外が暗くて良かった。

 恥ずかしくてきっと、顔、真っ赤だ。

 だけど、ひんやりとした大きな手が、妙に気持ちよくて。

 凛々子はそのまま、動けずにいた。

 しばらくすると眼鏡は手を下ろす。



「昨日よりは大分いいみたいだね。良かったね」



 額に手を当てただけで、凛々子の頭痛の具合が分かるのか。

 何だか不思議な感じがして、凛々子は呆然と眼鏡を見つめていた。



「もう1つ、魔法の言葉をあげようか」



 人柄が浮き出ているような優しい声音で、眼鏡は言う。



「逃げてばかりじゃ何も始まらないよ。大丈夫、君は一人じゃないから。真っ直ぐに現実を見つめて、向かい合うんだよ」



 それだけ言うと、眼鏡は手を振って、喫茶店にがある方に向かって歩いていった。

 凛々子はその姿が見えなくなるまで、ずっとその場に立ち尽くしていた。

 何故なら。

 今朝からずっと続いていた頭痛が、今回もまた、跡形もなく消えていたから。




☆  ☆  ☆




 今夜の夢の舞台は、凛々子が今日サボってしまったカラオケボックスがある繁華街だった。

 いつもは平日も休日も問わず人でごった返しているこの繁華街も、今は猫の子一匹見当たらない。

 そんな風景が、凛々子にとってはかなり異様だった。

 繁華街の真ん中には海へと続く川が流れていて、その両脇に整備された遊歩道があり、そして様々な飲食店が入ったビルが遊歩道を挟むようにして建ち並んでいる。

 川面に移るビルの様々な色の看板やネオンの明かりが、とても綺麗だ。

 ……どうして、眠ってしまったんだろう。

 遊歩道の鉄柵にもたれ掛かり、そんな景色を見ながら、凛々子は思う。
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