碧い月夜の夢
☆  ☆  ☆




 ――安堂 凛々子。(アンドウ リリコ)

 この春に高校を卒業したばかりの、18歳。

 小学生の頃からずっとバスケをやっていて、伸長174センチで、スリムだけど筋肉質。

 部活を引退してから伸ばし始めた髪の毛は、ようやく後ろでひと結び出来るくらいにまで伸びた。

 アルバイトを掛け持ちして、何とか安アパートで一人暮らしを始めたばかりだ。

 仕事場は実家からも車で30分程で、通おうと思えば通える距離にあったのだが、凛々子はとにかく地元から離れたかった。

 両親はあまりいい顔はしなかったが、思っていたよりもすんなりと凛々子の主張は受け入れられた。




「お冷やのお代わり、いかがですか?」



 二人いるうちのウエイターの一人、眼鏡をかけた方が、水の入ったポットを持ってきた。



「はぁい、お願いしまぁす♪」



 すぐさまサヤカが反応して、グラスを差し出す。

 変わらずに頭痛が治まらず、サヤカの猫撫で声をどこか遠くで聞きながら、凛々子はふと顔を上げた。

 眼鏡のウエイターが、凛々子の肩に手を置いてこっちの顔を覗き込んでいる。



「頭痛、大丈夫ですか?」

「……あ、はい、すみません…」



 そう言いながら差し出したグラスに、眼鏡は少し笑って水を注いでくれた。

 向かい側でサヤカが「きぃぃぃ~っ!!」とおしぼりを噛みながらこっちを睨み付けているが。

 そんなことには構わずに、凛々子はもう1度、眼鏡を見上げる。

 どうしてこの人は、凛々子の頭痛を見抜いたのだろう。

 サヤカにあまり心配かけたくなかったから、なるべく顔に出さないようにしていたのに。

 不思議に思っていると、眼鏡は凛々子に近付いて耳元で少し声をひそめて言う。



「これから大変だろうけど、君なら大丈夫。だから、頑張ってね」



 何の事か意味が分からずに呆然としていると、眼鏡はもう1度、ポンポン、と凛々子の肩に手を置いてカウンターの中に戻っていった。



「りりちゃぁん…」



 恨めしそうなサヤカの口調に、凛々子はびくっと身体を震わせる。



「なによそれ…いいなぁぁぁ~…」

「あ、いやぁ…あははは~」



 こうなったらもう、苦笑いするしかない。

 何も悪いことはしてないのだが。

 ひとしきり凛々子を睨み付けてから、サヤカはふと、笑顔を作る。
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