碧い月夜の夢
「確かにあの頃の誹謗中傷は酷かったけど、皆がみんなそうじゃない。あんたに見えてない場所で、何があったのか知らないでしょ?」

「何よそれ…?」

「あの大人しい桜井浩二はね、一度、クラスメイト全員を相手に食ってかかったこと、あるのよ」



 …知らなかった。

 事件の噂で持ち切りだった、クラスメイト達。

 桜井浩二は、そんなクラスメイト達に向かって、見もしない出来事を面白おかしく言うんじゃない、と、怒鳴ったそうだ。

 夏休みの自由研究の発表でしか大きな声を出した事がない、あの桜井浩二が。

 凛々子は、最後に見た夢を思い出していた。

 あの日、中学校のクラスメイト達は皆、凛々子を指差して…口々に『人殺し』と叫んでいた。

 だけど、何故か桜井浩司だけは、消える直前、大きくなった今の姿をしていて。

 凛々子は、思い出していた。

 中学の頃の桜井浩司は、どんな姿をしていたのだろうか。

 ――…同じクラスだったけれど、あまり話をしたことがなくて。

 眼鏡をかけて、大人しい雰囲気だった。

 この前会った、背が伸びて男らしくなった印象とは、まるで違う。



「で、どうするの?」



 いきなりこんな質問をされて、凛々子は何の事か分からずに、サヤカを見つめた。



「何が?」

「だぁから、教えていいの? あんたの携帯の番号」



 凛々子は少し迷ったが、教えていいよ、と、サヤカに言った。

 分かった、と頷いて、サヤカは椅子の背もたれに深く寄り掛かる。



「ま、あんたが番号教えるのを拒否しても、もうあんたのバイト先教えちゃってるけどね~」



 何を勝手に、と文句を言おうと思ったが、ガソリンスタンドもカラオケボックスも所詮お客さん商売なのだ。

 サヤカが教えなくても、偶然知られてしまう可能性だってある。

 だから文句を言えなかったのだが、サヤカにしてはおかしい行動だ。

 あれでいて結構真面目なのだ、勝手に凛々子の情報を教えるとは思えない。

 そんな事を考えていると、サヤカは少し真顔になった。



「これはあたしからもお願い。凛々子、一回でいいから、桜井くんの話、ちゃんと聞いてあげてね」

「何よそれ?」



 いいからお願いしたよ、と、サヤカはアイスティーの残りを飲み干した。

 そして大袈裟にため息をついて。



「凛々子ばっかり春が来るのねぇ」

「もう夏なんだけど」



 そう言う凛々子に、サヤカは中腰になって、グッと近付いて。



「あんたばっかりいい思いするのはつまんないから、この喫茶店のイケメンお兄さんと仲良しなら、あたしにも紹介しなさいよ」



 大真面目にこんなことを言われて、凛々子はたじろぐ。



「し、紹介ったって…顔見知りなだけで…」

「じゃあ、今度の休みもここにランチしに来るって約束してよ」



 そんなに必死にならなくても、サヤカだって昔から充分にモテていたクセに。

 だがあまりにも凄まれるので、凛々子は黙って頷くしかなかった。
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