碧い月夜の夢

 まるでこっちを見ないレオンをぼんやりと見つめながら、凛々子は思う。

 ……あの時、サヤカに、何て言ったんだっけ…。

 凛々子はゆっくりと、いつもの席…レオンが座っている場所に、歩み寄る。

 あの時、真っ先に思ったのは。

 もしも、サヤカに嫌われたら。

 サヤカが二度と、こうやって会ってくれなくなったら。

 それを考えたら怖くなり、そして、甘えているだけだった自分に気がついた。

 絆で繋がっている。

 サヤカはそう言ってくれたが、絆とは、お互いが手を差し伸べなければ、結ばれるモノではない。

 自分はずっと、差し伸べられたその手を、分かっていながら握り返そうとはしなかった。

 これは、甘えだ。

 どうして、今、こんな思い出が頭の中に浮かんだのか。

 きっと今、あの時の状況に似ているんだ。

 甘えている自分と、怒っているレオン。

 レオンはサヤカみたいに怒鳴ったり、殴ったりはしてないが。

 ーー…あの時、サヤカに、何て言ったんだっけ。



      『ごめんね』




「ごめんね、レオン…」



 あの時と同じように、凛々子はレオンに謝る。

 頬杖をついていたレオンは、ゆっくりと振り返り、こっちを見た。



「ごめんなさい…あたし」

「大丈夫だよ。顔、見りゃ分かる」



 こっちを見上げ、レオンは少しだけ、笑顔を作った。

 凛々子はまた、泣きそうになる。

 どうして、レオンは。

 こんなに強くて、そして、優しいのか。

 あたしは、それに見合うだけのお返しを、この人に出来るだろうか?

 いや、違う。

 出来る限り、やれる事をやろう。

 レオンの為に。

 そう思った時、喫茶店の窓が、突風に煽られたみたいにガタガタと揺れた。

 だが風は吹いていない。

 向こうを見ると、テルラの人間達が、もう大分この喫茶店まで近付いてきている。

 頭痛は治まるどころか、増す一方で。



「大丈夫か?」



 ボックス席から立ち上がり、レオンは言った。



「平気」



 ふらつきそうになる足にぐっと力を入れ、凛々子は答える。

 この喫茶店の、木目調の格子窓が、ガタガタと揺れる。



「最初はね、あたしの現実世界で、この喫茶店の店員のお兄さんが、魔法の言葉をくれたの。“君なら出来る”って…その言葉に勇気づけられて、あたしは、あの日レオンに会う事が出来た…」



 それまではずっと、逃げていたのに。

 アルマから、そして自分の過去から。

 現実から目をそらして、ずっとそれを受け入れようとはしなかった。

 だがレオンは、凛々子の過去を知っても、しっかりと受け入れてくれた。
< 52 / 77 >

この作品をシェア

pagetop