碧い月夜の夢
☆  ☆  ☆



 桜井浩司と話をしてから、また1週間が過ぎた。

 今年最初の台風が上陸しそうだとかで、朝から強い風と雨が降り続いていた。

 だがそんな中、凛々子は海岸線をフラフラと歩いている。

 時間は、夜の9時になろうとしていた。

 傘は差していたが、強い雨風にはあまり役に立たない。

 だが凛々子は、全身ずぶ濡れになるのも気にせずに、フラフラと辿り着いた喫茶店の入り口の前に立ち尽くした。

 ……こんな時間だ、もう営業してないのは分かっていたが。

 だが、凛々子が店の前に立ち尽くして1分も経たないうちに、店の明かりが点いた。

 カランコロン、とカウベルが鳴り、ドアが開いて、眼鏡の店員が顔を出す。



「いらっしゃい」



 閉店しているというのに、眼鏡は凛々子に向かって微笑みかけている。

 その後ろからすかさず、いつもの料理を担当している髪の長い女の人が、苦笑しながらタオルを持ってきて、凛々子の肩にかけてくれた。



「ちゃんと拭かないと…風邪引くわ」

「すみません…ありがとうございます…」



 凛々子の表情は暗い。

 だがお礼を言うと、女の人は首を横に振って。



「大丈夫よ、うちにはそんな人がもう二人ばかりいるから」

「もしかしてそれ、俺も入ってるのか?」



 カウンターの奥から様子をうかがっていた茶髪の店員が、軽く女の人を睨み付けて。

 彼女は、悪戯っぽく肩をすくめると、カウンターの中に入っていった。

 立ち尽くしている凛々子に、眼鏡が席を勧めてくれる。

 いつもの、窓際の席。



「座ってよ。お腹空いてない? 良かったら、何か作るよ」

「………いえ…」



 凛々子は俯いて、促された席に座る。

 眼鏡が凛々子の向かい側に座ると、さっきの女の人がティーカップを二つ、トレイに乗せて運んできた。



「ミルクティーで良かったら、どうぞ」

「…あ…ありがとうございます」



 そう言って、タオルを首にかけたまま、凛々子はミルクティーを一口飲んだ。

 少し冷えた身体に、暖かさが染み渡る。

 まるで、この喫茶店のようだ。




「あの…ごめんなさい…閉店してるのに、押し掛けて来ちゃって…」



 俯いたまま言う凛々子に、眼鏡は笑って。


「気にしないで。閉店してるから、こうやって誰にも邪魔されずにゆっくり話が出来るんだよ……えぇと…名前、まだ聞いてなかったね」

「安堂凛々子と言います」

「凛々子ちゃんか…。俺は、中川悠。改めて言うのも何だけど、よろしくね」

「はい…」
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