碧い月夜の夢
 少し緊張気味の凛々子の肩に、トレイを片手に持ったまま、女の人はもう一方の手を乗せて。



「悠くんなら大丈夫よ。どんな事でも遠慮なく、話してみてね」



 じゃあごゆっくり、と、女の人は店の奥に姿を消した。

 悠は苦笑して、凛々子に向き直る。



「あはは、何だかプレッシャー感じるなぁ…でも俺で良かったら、何でも話、聞くから。ホントに遠慮しないで、言ってみて?」

「……はい」



 頷いてみたものの、何から話をすればいいか、凛々子は少し悩んだ。

 だけど、この悠という人ならちゃんと聞いてくれる。

 そう確信してたから、凛々子はここに来たのだ。



「夢を…見なくなったんです」



 視線をテーブルの上のティーカップに落としたまま、消え入るような声で。



「夢を?」

「はい、あたしに、前に進んでいく勇気をくれたきっかけの夢を…全然、見なくなったんです…眠っても、目が覚めたら変わらずにあたしの現実世界で…行けないんです 、あっちの世界に」



 もう、自分でも、何を言っているのか分からない。



「会って…会わなきゃならないのに…あたし…まだちゃんと、伝えてないのに…」



 なかなか言いたい事を言葉に出来ない凛々子の話を悠はじっと聞いていた。

 雨に濡れた凛々子の髪の毛から、滴がテーブルに落ちる。

 店にはBGMは流れていなく、屋根を打つ雨音と、風の音だけが、暫く凛々子達を包んでいた。



「凛々子ちゃん」



 …おもむろに悠は、言った。



「もう、頭痛は治ったみたいだね」



 その言葉に、凛々子ははっとして顔を上げた。

 自分では気付いていなかったが、悠の言うとおり、頭痛は跡形もなく消えている。

 悠の顔を見つめたまま、凛々子の目から涙が溢れた。



「凛々子ちゃん…」



 過去の事件のトラウマに引きずられるようにして、凛々子はレオンがいるテルラという世界と繋がった。

 レオンは、凛々子のような人間を、テルラから引き離す事を、仕事だと言っていた。

 そのおかげで、凛々子は過去を受け入れて、前に進んでいく勇気を貰った。



「戦いたい」



 そう言った時、レオンは凛々子を抱き締めて。



「負けるなよ。俺がーー」



 聞き取れなかった訳ではなかった。



“俺が、いなくても”




 その言葉を、凛々子は認めたくなかったのだ。
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