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茜色に染まる地元の小さな商店街。
祭囃子と盆踊りの太鼓の音が微かに耳に届く中、
「おい、早くしろよ」
「もうちょっと、ゆっくり歩いてよ」
「あぁ~もう、しょうがねぇなぁ」
お祭りの会場へと急ぎ足で進む人の波。
私は彼の手をギュッと掴んで、
迷子にならないように彼の背中をじっと見つめていた。
お祭り会場の神社まであと少し。
「ほら、鳥居が見えたぞ」
「うん♪」
満面の笑みで彼の手をギュッと握り返した、次の瞬間!!
「あっ痛ッ!!」
突然、鋭い痛みが足先を襲った。
彼の手を引き寄せるように、
手先にも鈍い痛みが襲うほど。
「おいっ、どうした?」
「あっ、ごめん」
痛みのあった部分を確かめようと視線を足先に落とすと、
下ろし立てのミュールのヒールが排水溝に嵌っていた。
「あああぁー!おニューのミュールが!!」
「ったく、だから言ったんだよ!普通、祭りには浴衣に下駄だろ?」
「だってぇ~履きたかったんだもん」
「ほれ、取れたぞ?」
「……ありがと」
膨れっ面をしてももう遅い。
ヒールが見事に取れ掛かっている。
「ん、早く乗れ。向こうについたら、サンダル買ってやるから」
「……うん」
背の高い彼が小さくしゃがみ込んで振り返る。
ぶっきらぼうの言葉とは裏腹の優しい笑顔で。
―――――そんな夏の想い出。
5年後の夏。
毎年恒例の地元のお祭り。
今年も同じ神社で行われている。
5年前と何一つ変わらぬお囃子の音色と盆踊りの太鼓の音。
そして、神社へと続く人の波。
けれど、私の隣りにはもう彼はいない。
―――ジュ~~
香ばしい磯の香りと鉄板から立ち上がる無数の白煙。
痛いほどに目に沁みる。
その煙は屋台のテントを越して、
夜空へと高く舞い上がって行く。
「はい、イカ焼きお待ち!」
「…ありがとうございます」
熱々のイカ焼きを手にして、家路へと。
今年もちゃんと届いたかな?
空の向こうにはイカ焼きは無いもんね。
私しか知らない……彼の大好物。
夏の夜風は私の心をさらって行く。
~FIN~