親友を好きな彼


「びっくりしちゃった。辞令ってこんなに突然のものなのね」

入社からずっと本社勤めで、課も変わっていない私には、辞令はほとんど他人事だった。

「俺もびっくりだよ。まだ先の事だと思って、余裕をかまし過ぎてたかな?」

さすがの聡士も動揺を隠せない様で、ネクタイを外すとベッドへ座り込んだ。

「みんな言ってたよ。この間のプロジェクトで、社長の目に留まったからだろうって」

「そんな仰々しいものか?ただ、早く向こうでの仕事に参加して欲しいとは言われたけどな」

「向こうでの仕事?」

「ああ。向こうでもプロジェクトで、新車発売やPRに向けた活動をするとか」

「そうなんだ。凄いじゃない」

さすが聡士。

もう、必要とされるなんて、しかも海外で。

私には、まるで雲の上の様な話だ。

「後一か月もないのね。一緒に居られるのって」

出来るだけ平気な振りをして言ってみたけれど、胸は張り裂けそうなくらい辛い。

「そうだな。なあ由衣…」

「何?」

「いや、なんでもない。今日言われたのが、日本へはいつ戻れるか分からないってことなんだ」

「うん…。それは、私も知ってる」

聡士がアメリカへ行ってしまえば、今度はいつ会えるか分からない。

そんな頻繁に帰国は出来ないだろうし、こっちが会いにいくのだって簡単じゃない。

一年、ずっと会えないなんてこともあるかも…。

それは聡士も同じ様に思っていたのか、言いにくそうに口を開いた。

「由衣は、日本に残るよな?もしかしたら、本当になかなか会えなくなると思うけど…」

「うん。残るよ。ついて行く理由は…ないから。ただ離れたくないって理由では、一緒には行けれない」

そう言った私に、聡士は諦めたような表情を浮かべた。

「それが当たり前の選択だよな。由衣は仕事が出来る女だから、俺もずっと応援する」

「ありがとう…」

聡士の海外赴任は、本当におめでたい事だし、私たちだって別れるわけじゃない。

恋人同士である事には変わりない。

それなのに、どうしてこんなに切ないんだろう。

自然と流れる涙に、寂しさを痛いくらいに感じる。

寂しい。

離れたくない。

ずっと側にいて欲しいし、側にいたいのに…。

「由衣…」

声を押し殺して涙を流す私を、聡士は優しく抱きしめた。

何も言わずにずっと…。

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