親友を好きな彼
聡士と離れ離れになるからと、落ち込んでばかりはいられない。
私には、毎日の仕事をこなす責任がある。
忙しく用意をする私の隣で、聡士は少しずつ転勤の準備をしていた。
得意先に挨拶に行き、引き継ぎをしたり…。
それを見ていると、本当に行ってしまうのだと実感する。
「嶋谷くん、行ってきます」
カバンを手に取り声をかけると、資料整理をしていた手を止め私を見た。
「ああ、行ってらっしゃい。今日はどこに行くんだ?」
「大翔のところ。プロジェクトのお礼を兼ねて」
「そっか。俺も昨日、挨拶を兼ねて行ったよ」
「そうなんだ…」
小さく微笑んだ聡士は、また資料整理へと手を動かした。
大翔の所にも行ったんだ。
本当、いよいよって感じ。
会社を出て大翔のホテルへ向かうまでの間、外がすっかり春真っ盛りになっている事に気付く。
街路樹の葉も緑が深くなり、5月になればもっと青々とするのだろう。
だけど、その時には聡士はアメリカ。
一緒に季節を感じる事も出来ないんだ…。
どことなく重い足取りでホテルへ着き、大翔を呼んでもらうとすぐに出てきてくれた。
「由衣、お疲れ様。こっちへ」
「うん」
小さな小部屋へ案内される。
ちょっとした作業場になっていて、殺風景な部屋に古びたガラステーブルと、フェイクレザーのソファーが置いてあるだけだった。
そのソファーに向い合せで座り、大翔は開口一番こう言った。
「聡士、来月にはアメリカだってな」
「うん。何だか急な話過ぎて、まだ混乱してる」
覚悟をしていた事とはいえ、やっぱり現実になるとこんなに寂しいと思うのだと、改めて感じたのだった。
「昨日聡士が来てさ、アメリカへ行くのは楽しみだけど、由衣と離れることを不安に思ってたよ」
「私も…。どのくらいの頻度で会えるか分からないし、何年アメリカにいるかも分からないし…」
その間、まったく不安がないかと言えば嘘になる。
聡士を疑うとか、そういう気はないけれど、やっぱり遠く離れているのは不安だ。
「そうだな。俺はいつでも相談に乗るよ。聡士には、近付き過ぎるなって釘をさされているけど」
大翔は、私の不安な気持ちをあえてそらさせる様に、笑いながらそう言った。
「ありがとう、大翔。あっ、そうだ。これ、返そうと思って持ってきたの」
カバンから取り出したのは、ずっと捨てることの出来なかった指輪だ。
「これ、まだ持っていたのか?」
それを見た大翔は、目を大きくして驚いた。
「うん。きっと、大翔への気持ちも捨てられなくて、持っていた様に思う」
「そうか…。じゃあ、これは俺が貰うよ」
ゆっくりと指輪を受け取ると、大翔は懐かしそうな目でしばらく見ていた。
「俺は、これを捨てる事で由衣への未練を断ち切るから。由衣もこれを手放す事で前へ進んで行って欲しい」
「うん。ありがとう、大翔」
これで、私たちの関係も本当に終わった。
ありがとう。
幸せな時間をくれて…。
そして、私と一緒に歩いてくれて。
プロジェクトのお礼と、倒れたことで迷惑をかけたことへのお詫びをして、ホテルを後にした。
ひとつ、ひとつ、新しい道を歩いていく。
帰り道は、そんな気持ちで歩いていたのだった。
そして、あっという間に”その日”はやって来た。
聡士がアメリカへ出発する日が…。