親友を好きな彼
「どういう意味だよ?」
唇を拭う仕草が気に入らなかったのか、聡士の目線は明らかに私の唇にあり、そしてどんどん表情は険しくなる。
「一香は純粋に私を聡士に紹介したがってた。それなのに、陰でこそこそ寝るとか、やましくて嫌なの」
なんて、聡士と一香の関係を知った以上、本音ではそこまで思っていない。
だけど、もっともらしい言い訳だし、何より“一香に悪い”的な事を言えば、一番納得してもらえると思っていた。
だけど、聡士には納得仕切れないらしく、強引に私の両手首を掴むと、壁に打ち付けたのだった。
「いたっ…。外の人に怪しまれるじゃない」
「もう、構わねえよ」
投げやりな言い方で、聡士は唇を重ねた。
乱暴なくらい舌を絡ませながら、痛いくらいに抱きしめてくる。
一香にも同じ事をしたんでしょ?
そう思うと感じきれないキスに、どこか冷めてしまう。
何を想いながら、今私にキスをしているの?
「やめて…」
体をおしのけて聡士から離れた時には、服も髪も小さく乱れていた。
「早く打ち合わせをしようよ。今日は、プレゼンをさせてくれるホテルの人と打ち合わせなんでしょ?」
「……」
茫然と、だけど表情は険しいまま、聡士はその場に立ち尽くしていた。
「しないの?じゃあ、私は先に先方の所へ行っておくから」
乱れた服と髪を直し、そう言い捨てて鍵を開けると、会議室を出たのだった。
すると、すぐに待ち構えていた様に、課長が声をかけてきた。
「佐倉、ちょっと」
「はい?」
部屋の奥のついたての向こう側へと行くと、課長が声を小さくして聞いてきた。
「気に障ったら申し訳ないんだが、その…、佐倉と嶋谷は付き合っているのか?」
「えっ!?」
「いやな、二人が付き合っているならいいんだ。ただ…」
驚く私とは反対に、課長はいたって冷静に続けた。
「嶋谷の今後は、彼にとっても非常に大事な事で、不本意な噂が流れるのも上司としては見過ごせなくてな…」
これは、“噂話”の事を言っているんだわ。
やっぱり、私たちの噂は上司の耳まで届いている…。
「足の引っ張り合いも激しい世界だろ?」
課長の言葉に頷き、そしてキッパリと答えた。
「私と嶋谷くんは、ただの同僚です。誤解される行動は慎みます」