親友を好きな彼


「遅かったな、佐倉」

会社に戻ると、不機嫌そうに聡士が声をかけてきた。

その姿を、他の同僚たちが見て見ぬ振りをする。

改めて、私たちの関係が疑われていると、思い出さされた。

そんな事をまるで気付かないのか、聡士はまたも会議室に私を呼ぶ。

「さっきの打ち合わせ、もっと煮詰めようぜ」

「…じゃあ、ここで良くない?」

全く、どれだけ気を遣うか。

海外赴任の話を聞いて、足を引っ張る様な事はしたくないし…。

冷たく答えた私に、聡士は言い返す事はせず、渋々デスクへ着く。

こういう時、隣の席同士というのは便利だ。

「じゃあ、さっき広…じゃない、尾崎さんと話した内容を…」

危ない、危ない。

うっかり“大翔”と呼びそうになった。

慌てて言い直したけれど、バッチリと聡士は気付いていた。

「もう呼び捨てかよ」

「昔のクセよ」

気に障りながらも、冷静な振りをして資料に書き込みをする。

どうして、こんな嫌みたらしく言ってくるんだろう。

自分は一香と関係があるくせに、まるで私の彼氏であるかの様な言い方をする。

とにかく、あまり相手にしないでおこう。

それ以上話しはせず、ただ黙々と資料のまとめをしていると、聡士がシャーペンを取り出し何かを書きはじめた。

『今夜、うちへ来ないか?』

「!?」

思わず、“はあ!?”と声を上げそうになる。

何を考えているのよ。

しかも、こんな資料に書き込むなんて。

私も慌ててシャーペンと消しゴムを取り出すと、聡士が書いた内容を消し、返事を書いた。

『行かない。行く理由はないから』

『俺が会いたい』

速攻でそう書いた聡士に、戸惑ってしまう。

会いたいって何よ…。

今夜は、一香が会ってくれないわけ?

聡士に対する複雑な気持ちと、大翔に再会できた余裕とで、その言葉を無視した。

ただ黙って仕事を続けていると、聡士もそれ以上何も書かなかった。

これを機に、聡士との関係は終わりにしよう。

深入りしても、自分が傷つくだけな気がする。


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