親友を好きな彼


「はぁ…。今日は本当疲れた」

すっかりネオンが輝く時間になり、会社を出た私は、ゆっくりとした足取りで歩いていた。

聡士は一足早く退社をしていたから、今夜は諦めてくれたみたい。

「ったく、自分勝手なんだから」

小さくため息をつき、大通りに面する歩道を歩いている時だった。

後ろからやって来た車が、勢い良く私の隣に横付けした。

「何よ、危ない」

軽く睨みつけながら目をやると…。

「由衣、乗れよ」

何と、聡士が運転席から顔を出したのだった。

「そ、聡士!?何で?」

「今日は車で出勤だったんだ。ほら、乗れって」

乗れって言われても、何で私を見つけられたんだろう。

「あんまりここでやり取りしてると、また誰かに見られるぞ?早く乗れって」

「う、うん…」

頼んでもいないのに命令口調なのには腹が立つけれど、聡士の言うことももっともだと思い、急いで助手席へとまわった。

「今度は勝手に降りるなよ?」

「降りないよ。道路の真ん中じゃん」

そうして私を乗せると、軽快に車は走っていく。

きっと、わざと中央の車線を走っているんだわ。

私が降りられない様に。

「本当、また見られたらマズイんだから、声をかけなきゃいいじゃない…」

と言って、ふと気付いた。

あれ?聡士はさっき、“また”見られると言っていなかった?

「またって…。どういう事…?」

「うん?」

私の質問の意味が分からなかったのか、チラッと目線を向けただけで、ハンドルを握り続けている。

「さっき、“また”見られるって言ってたじゃない」

「ああ。俺たちさ、何度か会っているのを、会社の奴らに見られてるんだ」

知っていたんだ。

まさか、噂話も…?

赤信号で停まると、聡士は私に目を向けた。

「ごめん。由衣に、迷惑をかけるつもりはなかったんだ。だけど、やっぱり止められなかった」

黙り込んだからか、ショックを受けたと思っているみたいだった。

「止められなかったって何を?」

横断歩道を渡る人の群に目を向けたまま、静かに聡士は答えた。

「由衣を誘うこと」

そして青信号に変わり、また車は走り出したのだった。

知っていて誘った…。

どうして?

何でそこまで?

だって、聡士は一香が好きなんだよね?


< 54 / 138 >

この作品をシェア

pagetop