親友を好きな彼
「はぁ…。今日は本当疲れた」
すっかりネオンが輝く時間になり、会社を出た私は、ゆっくりとした足取りで歩いていた。
聡士は一足早く退社をしていたから、今夜は諦めてくれたみたい。
「ったく、自分勝手なんだから」
小さくため息をつき、大通りに面する歩道を歩いている時だった。
後ろからやって来た車が、勢い良く私の隣に横付けした。
「何よ、危ない」
軽く睨みつけながら目をやると…。
「由衣、乗れよ」
何と、聡士が運転席から顔を出したのだった。
「そ、聡士!?何で?」
「今日は車で出勤だったんだ。ほら、乗れって」
乗れって言われても、何で私を見つけられたんだろう。
「あんまりここでやり取りしてると、また誰かに見られるぞ?早く乗れって」
「う、うん…」
頼んでもいないのに命令口調なのには腹が立つけれど、聡士の言うことももっともだと思い、急いで助手席へとまわった。
「今度は勝手に降りるなよ?」
「降りないよ。道路の真ん中じゃん」
そうして私を乗せると、軽快に車は走っていく。
きっと、わざと中央の車線を走っているんだわ。
私が降りられない様に。
「本当、また見られたらマズイんだから、声をかけなきゃいいじゃない…」
と言って、ふと気付いた。
あれ?聡士はさっき、“また”見られると言っていなかった?
「またって…。どういう事…?」
「うん?」
私の質問の意味が分からなかったのか、チラッと目線を向けただけで、ハンドルを握り続けている。
「さっき、“また”見られるって言ってたじゃない」
「ああ。俺たちさ、何度か会っているのを、会社の奴らに見られてるんだ」
知っていたんだ。
まさか、噂話も…?
赤信号で停まると、聡士は私に目を向けた。
「ごめん。由衣に、迷惑をかけるつもりはなかったんだ。だけど、やっぱり止められなかった」
黙り込んだからか、ショックを受けたと思っているみたいだった。
「止められなかったって何を?」
横断歩道を渡る人の群に目を向けたまま、静かに聡士は答えた。
「由衣を誘うこと」
そして青信号に変わり、また車は走り出したのだった。
知っていて誘った…。
どうして?
何でそこまで?
だって、聡士は一香が好きなんだよね?