親友を好きな彼


呆然と立ち尽くす私は、二人が入って行ったホテルをただ眺めるだけだった。

何をしに入って行ったの?

二人はこんな真昼間から会っているの?

仕事より、一香が大事なの?

思った以上にショックを受けている自分がいて、二人がすぐに出てくるのを祈っていた。

でも、二人が出てくる気配はなく、さっきまでの浮足立っていた足取りは一気に重くなり、会社へと戻ったのだった。

そして、デスクで聡士のオンラインスケジュールを見て愕然とする。

『直帰』になっているのだ。

じゃあ、今日は戻ってこないんだ…。

一香とずっと過ごす為?

「お帰り由衣」

ボーッとしている私に、亜子が声をかけてきた。

「あ、ただいま」

慌ててスケジュールを閉じる。

だけど、亜子にはしっかり見えていた様で、小さくため息をつかれた。

まだ大翔の事までは話せていない。

この状態で話をしたら、本当に見捨てられそうで怖いからだ。

「私も今日はもう帰る」

大翔との約束もあるし、急いで帰り支度をすると立ち上がった。

「お疲れ様、由衣」

亜子は何か言いたそうにしていたけれど、気付かない振りをしてオフィスを出たのだった。

まだまだ寒い夜。

マフラーを巻きながら携帯を確認すると、タイミング良く大翔から電話がかかってきた。

「由衣?俺だけど、仕事は終わった?」

「うん。終わった。大翔は?」

「俺も。そっちに迎えに行くから、どこにいるか教えて?」

「迎えって、車なの?」

てっきり電車だと思っていたのに。

「ああ。帰りは送るから」

分かりやすい場所を指定して、そこで大翔を待つ事にした。

こんな風に、迎えの車を待つなんて、懐かしくて一気に昔の思い出が蘇る。

聡士の事なんて、考えるのはやめよう。

今は忘れよう。

せっかく大翔に会えるんだから。

しばらく待っていると、軽いクラクションの音と共に、黒い車が目の前に停まった。

「由衣、待った?」

運転席の窓が開いて、大翔が顔を出す。

「ううん。全然だよ」

この会話も、本当懐かしい。

ゆっくりと助手席のドアを開け座ると、上品な香りがした。

甘い香り…。

芳香剤とも違うみたい。

「懐かしいな。こんな風に由衣が隣にいるのは」

「私もそう思う…」

車を停車させたまま、大翔は私を見つめると、手を重ねてきた。

「本当は、ずっとずっと、由衣に会いたかった…」


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