203号室の眠り姫
夢の逃避行
いつから、ここにいたのだろう。
まぶたを開けると、キラキラと輝く木漏れ日が眩しい。子供達の無邪気な笑い声が広い原っぱに響きわたる。
すみれは木の根元に敷いたレジャーシートに横たわったまま、ただぼんやりと宙を見た。
「やだ、ヒカルったらワンちゃんに追い回されてるじゃない」
となりで母が笑う。
ざあっと一陣の風が吹いて、真夏の熱気を洗い流していった。
「ほらすみれ、あなたも一緒に遊んできたらどう?」
母が指差す先には、父と弟のヒカル。ヒカルはご近所のトイプードルに追われてあたふたと逃げまわっている。
「う、うわーー! なんでついて来るんだよーー!! あっち行けよーー!!」
本人は必死だが、周りからみれば滑稽以外のなにものでもない。
すみれはほほ笑み、立ち上がる。
「きっと、遊んでほしいの……ほら」
じゃれつくプードルの頭をくしゃくしゃと撫でると、子犬は千切れんばかりにしっぽを振った。
その様子をおそるおそるのぞき込むヒカル。
「姉ちゃん、気をつけろよ! ソイツめっちゃ凶暴だから」
小さいボールを投げると、子犬は飛ぶようにその後を追った。
「おっ随分飛んだな、すみれ」
父が声をあげる。
「ありがとう」
穏やかな夏の午後。
家族と過ごす、この何気ない時間が、何より幸せだった。
このときは、本当に幸せだったんだ。