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「あの、私、檻の中に落ちてしまって」
「はぁ? どこから?」
「どこって、外から」
「そんなわけないだろ」
眼鏡の奥のたれ目を細めて、訝しげに言う。
上を向いたのにつられて、茅野も一緒に上を見上げると、すぐに彼の言ったことを理解した。
檻の天辺は、首が痛くなるほど頭上を仰いでやっと見えるかというくらい、高いところにあったのだ。
きっと三百メートルはゆうにあるだろう。
茅野は、改めて辺りを見渡した。
背後に巨大な樹が見える。
いや、大きいなんて言葉では表しきれない、聳え立つというよりは、地形の一部のような樹だった。
どうやったらこんなに太く育つのかもわからない、山のような幹がどっしりと佇んでいる。
雲を突き抜けてもまだ上に伸びていて、白い冠を乗せているみたいだ。
枝の周囲には、様々な鳥の群れや、蝶の大群が飛んでいた。
うすぼんやりと霧がかかった光景は幻想的で、どれだけ見ていても見飽きることがないように思える。
絵のような光景から視線を降ろすと、樹の回りは、ひたすらに草原だった。
美しい緑の絨毯が、風で波打っている。
ところどころに見える剥き出しの地面さえ、その景色のバランスを完璧なものにしていた。
“檻”を視線で辿ると、どうやらぐるりと樹を囲っているらしい。
茅野がいるのは、その檻の内側なのだ。
目を凝らしてみるが、霧のせいか距離のせいか、反対側の端は見えなかった。
茅野は、青年に向き直る。
「ここは、どこ」
「え? 動物園」
「動物園……」
動物園には変わりないらしい。
だが、つい今しがたまで茅野がいた小さな寂れた動物園とは、明らかに別物だ。