瑛先生とわたし
私の名前は 深澤 瑠璃 (ふかさわ るり)
平仮名は簡単なのに 漢字で書くと複雑極まりない名前
名字に ”さんずい” がふたつ 名前に ”おうへん” がふたつ
画数なんて名字だけで27画 名前が29画 あわせて56画もある
自分の名前だから習ってなくても小学校から書けたけど 書いても誰も
読めないの
それに 私の字はクセがあるから 「読みにくい」 とよく言われたわ
「おまえの字 きたねーな」
クラスの男の子にこう言われた日 私は泣きながら走って帰った
自分でも自覚があることを 字だって私と似たようなレベルの男の子に
言われたんだもの
悔しくて 悔しくて……
こっそり字の練習をしてみたけれど どうにもならなくて
字が下手なコンプレックスをもったまま今まできてしまった
県庁の総務部から 市民センターに出向してきたのが一年半前
副所長の肩書きは緊張するポストだけど ちょっと誇らしかった
33歳でこの役職は異例とも言われたものよ
「女のキャリア組って 鼻持ちならないな」
なんて意地悪な反応があるのも肌で感じていた
でも 定年間近の所長は飾りで センターの実際の指揮は副所長の私が
とることになっているみたい
実績を作って 2・3年あと本庁に帰ったら課長の席が待っている
同期の男性職員には絶対負けないと気負いもあったわ
「深澤さん 講師の先生と来年度の打ち合わせをして
だいたいの予定を決めてきて」
所長は こんな雑用も私に押し付けてくる
講師の家に行って打ち合わせをして来いって?
そんなの 講師がこちらに出向くべきよ
所長への不満を抱え 慣れない土地に迷いながら やっとの思いで瑛先生の
お宅にたどり着いた
その日のことは忘れられない
先生との出会いが 私を大きく変えたのだから
書道の先生なんて年配の方かと思っていた
ところが目の前に現れたのは 私より少し歳上の男性で それもかなりの……
イケメンっていうと軽すぎるわね
男前ってのもイマイチピンと来ない
うーん……瑛先生のもってらっしゃる雰囲気を なんて表現したらいいんだろう
とにかく 想像とあまりにも違ったので 私は自分を見失ってしまったほど