瑛先生とわたし
冷静に 冷静に と頭に言い聞かせながら 澄ました顔で打ち合わせに入った
センターの来年度の予定を示しながら 先生の都合と照らし合わせていく
先生の受け持つ講座が決まったら 予定表にペンで書き込んで……と
字を書きかけて私の手は止まってしまった
この人の前で 字を書けない 書くわけにいかない
だって 字で私を判断されてしまったら……そんなのイヤ……
「どうしましたか なにか不都合でも? 僕の方で調整した方がいいかな」
「あっ すみません そうじゃないんです
あの……書道家の先生の前で字を書くなんて 恥ずかしくて」
「はは 困りましたね 深澤さんのようなことを言う方 よくいるんですよ」
「そうなんですか? そうですよね 先生の前で字を書くなんて
試験を受けてるみたいですから」
試験ですか そうかぁ……と先生は考え込んでしまった
あっ 悩む顔もステキ……口元をキュッと結んで 困ったなって顔してる
なんて 先生の顔をじっと見ていたら 「貴女を緊張させてしまいましたね」
と優しい言葉をかけてくださった
「いいえ……」 と答えるだけで俯いたのは 赤くなった顔を見られないため
でも このままじゃいけない なんとかしなくちゃ
焦った私は先生を困らせたくない一心で 自分の思ったまま
感じてきたままを話した
「すみません 誤解を招くようなことを言ってしまいました
私自身のことですから 申し訳ありませんでした」
「いいえ……深澤さん 貴女自身のことというと 何か悩みでもあるんですか
良かったら聞かせてもらえませんか」
「悩みといえば悩みですね 私の中の一番の悩みかもしれません
字にコンプレックスがあるんです 人前で書くのが苦手で」
そうですか とひとこと答えた先生は 黙って立ち上がると一枚の真っ白な
紙を持ってきた
鉛筆を添えて私の前におくと 自分の名前をここに書いてくださいと
私が一番やりたくないことを指示してきた
「できません いまも言いました 私苦手なんです 先生の前で書くなんて
そんなことできません」
「いいんですか このままずっと誰の前でも字を書かないつもりですか」
「そんなことはありません 先生の前で書きたくないだけです
仕事なら書きます」
「じゃぁ書いてください これは仕事だと思って」
「そんなの横暴です だって……」
「いいから書いて!」
思いもしないほど大きな声だった
もうヤケクソだわ どうにでもなれ
そう思って 私は紙に大きく名前を書いた