瑛先生とわたし

              
それ以来先生の勧めもあり 通信教育という形で字の練習をしている

お手本をもとに自宅で書いたものを先生宅に届ける

先生がいらっしゃれば その場で添削していただいて 

お留守なら林さんに預けて 後日添削された物を取りに伺う

少しずつではあるけれど 私の字は見られるようになってきた



「この字がいい 瑠璃さんの字には勢いがある 

大作が向いているかもしれないね」


「先生 褒めすぎです 名前のバランスがまだ上手くできなくて」


「そんなことはない 僕が言ったことをちゃんと守って書いているでしょう 

それが大事 まずは真似すること それに複雑な漢字ほど書きやすい 

瑠璃さんの名前 ちゃんと名字とのバランスがとれている」 



先生のもとに通うようになって一年半 

先生も親しげに話してくださるようになった

前みたいに緊張することもなくなったけど 瑠璃さん と名前で呼ばれると 

心臓が音を立てて揺れる

先生に褒められたい一心で 一生懸命練習したわ

褒められたいだけじゃない 本当は……もっと私を見て欲しいから……



「瑠璃色かぁ 綺麗な色だよね 僕の妻も色の名前を持った人だった」


「藍さんでしたね 藍色って深い色ですね」


「そうだね 本当に深いよ」



そういうと 先生は開けられた障子から空を見上げた

こんな姿を見ると 私の胸の奥に ”チクン” と痛みが走る


リビングの壁に飾られた写真の女性が なくなられた奥様だと聞いている

いつでも会えるようにと 他のお部屋にも写真をおいていらっしゃることも……

ご家族の様子を そうやって静かに見ていらっしゃるのね

ずっと変わらぬ姿で 先生に微笑みかけて……

先生から貴女の存在を消すことは とても難しいことなのでしょうね





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