瑛先生とわたし


ミニバンを運転しながら 私の頭の中は シルバー講座の 

”展覧会の旅” のことでいっぱいだった

マイクロバスをチャーターするのもいいが 案外列車の旅もいいかもしれない

そうだ 相田ツーリストに寄っていくか 年配者の旅に詳しいはずだ 

いい知恵を出してもらえるかもしれないな

自分の思い付きに気を良くしながら 家に帰る道を進路変更し 

地元の旅行代理店で馴染みのある相田さんの事務所へと向かった

思ったとおり相田さんは年配者の旅行に詳しく 

”この時期なら 格安切符があるよ” とお得な情報を仕入れて家路に着いた



「遅かったわね どこかに寄ってたの?」


「相田さんとこだ 今度シルバー講座の旅行があるって聞いて 

そのことで相談に行ってた」


「それはご苦労様でしたね それで瑛先生のほうはどうでした 

どんな人がいいって?」


「あっ……」


「アンタ そのために先生の家に行ったんでしょう 

ちょっと しっかりしてくださいよ」



しまった……女房に言われるまで 先生の縁談のことで家に行ったのを

すっかり忘れていた 

またしても先生に上手くかわされたか

これまでも何度か瑛先生に縁談を持ちかけたが そのたびに矛先を

かわされてきた

気がつくといつのまにか他の話になり 私もついそっちに夢中になってしまう

面目なくて 両手で顔をゴシゴシとこすってごまかした


本来の目的をすっかり忘れ帰宅した私を 女房の真佐子は呆れ顔で見ている

だが コイツのいいところは 決してネチネチと私を責めたりしないところだ 

仕方ないわね 愚痴っぽいことは言うが 今度はちゃんと聞いてきてくださいよ

大先生のためでもあるんですからね と やんわりと釘を刺して 

ほどほどで小言は終わる


この辺の引き際が 多くの縁談をまとめるコツにもなっているのだろうと 

女房の器量を見直した

社交的な性格から友人も多く どちらかといえば聞き役の真佐子は

面倒見が良く そのため縁談を頼む人が絶えなかった

「ウチは仲人業じゃありませんよ 本業は工務店ですから」 

とわざわざ言わなければならないほど これまでまとめた縁談は多かった

真佐子が親身になって相談を受けている人のために 私も力を貸そうと思い

知り合いを紹介してきた



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