瑛先生とわたし
いま真佐子が気に掛けているのが瑛先生のことだ

誰かに頼まれたわけではなかった

瑛先生のおじいさんを 我々は 『大先生』 と呼んでいる

大先生も書道の先生で そのあとを瑛先生が継いでいる


瑛先生が住んでいる家は もともと大先生の住まいだった

先生が結婚するときに 「家は瑛に譲ることにした」 と大先生の決断で 

ウチの工務店が任されて改築し 今風の建物に仕上げたのだった

大先生とウチのつながりは 私たちが結婚する前からのご縁だ


まだ若い頃 真佐子を気に入った男がいて そいつが乱暴的なヤツで 

人前で真佐子に手を挙げた男を 見事に押さえ込んで助けたのが大先生

だったらしい

男とも別れられるように取り計らい 親身になって面倒を見てくれた

それ以来 真佐子は大先生を頼りし 書道も習い始めた 

大先生とウチのオヤジが知り合いで 息子の私を気に入ってくれたのか

コイツなら真佐子を任せられると 私との結婚を勧めてくれたのだった 


「この男は アンタの全部を抱えて守ってくれる男だ」 と 

大先生は私のことを こんな風に真佐子に言ったらしい


「先生に出会ったから アンタにめぐり合えたの 

大先生にはどれほど感謝しても足りないわ」
 

ことあるごとに 真佐子はこう言ってくれる

だからそのご恩を返したいと 大先生が気にしていた瑛先生の将来を 

少しでも安心したものにしたいと一生懸命なのだ


大先生みたいに豪快な性格じゃないのはわかる

瑛先生みたいな人には 誰かが世話を焼いた方がいいんだよな

奥さんの藍さんがなくなって7年

そろそろいいんじゃないか……これは我々夫婦の勝手な思いだが 

先生の気持ちはどこにあるのか一向にわからないままだ





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