瑛先生とわたし
怪我がひどかった母猫は残念ながら助からなかったが 子猫の方は
衰弱していたものの なんとか命をとりとめた
母猫の死は彼にショックを与えたが 子猫の生還は彼に希望を与えた
毎日のようにここに通ってきて 子猫の顔を見て 安心したように帰っていく
彼は子猫に 自分の救えなかった分身を重ねているのだとわかっていたから
私たちは静かに見守った
瑛君は友人の弟で 姉の華音 (かのん) とは もうどれくらいだろうか
とにかく長い付き合いになる
4つ年下の瑛君に会ったのは 彼がまだ小学校の低学年だったから
そこから計算すると……
華音とは30年以上の付き合いってこと
驚きだわ そんなになるのね お互いに 何もかも知り尽くしているはずよね
でも 私には 華音に秘密にしていることがある
それを彼女に言うつもりもないし もし聞かれたとしても 答えることはない
それは 私と瑛君の秘密だから……
私はこれまで 瑛君に二度助けてもらった
学生のとき 私には3年越しで交際している相手がいた
同じ獣医学部に在籍して ずっと同じ物を見つめ これからの将来も
重なっていると信じていた
卒業前の半年間 互いに忙しかったけれど 会えなくてもそんなことで
壊れるような関係じゃないと思っていた
でも……そう思っていたのは私だけ
私が付き合っていたはずの男の横には いつしか違う女が寄り添うように
なっていたらしい
らしいというのは 何も知らずに忙しくしている私を見かねて
友人が教えてくれたこと
「相手を代えたのなら 私に報告ぐらいしてもいいでしょう」
久しぶりに会った男に言ってみた
「お前は俺を見ていない そう思ったから諦めた 振られたのは俺のほうだ」
被害者だといわんばかりの弁解だった
こんな男と 私は3年も付き合っていたのか
情けなくて 情けなくて 涙もでなかった
「菜々子さん 乗っていきませんか」
声をかけてくれたのは大学2年になっていた瑛君で いいから と断ったのに
彼は私を強引に車に乗せた
「あのときの菜々子さん ほっとけなかった
呆然と立って 視線が遠くを見ていた 一人にしておけないと思ったんだ」
のちに瑛君が語ってくれたことだ