瑛先生とわたし
そのときの私たちの会話は バーという場所に不似合いな 子どもの
サッカークラブの話だった
瑛君の長男の渉と 私の長男の耕太は同級生で 小さい頃から仲が良く
同じサッカークラブに所属している
保護者会の来年度の役員の話 コーチや試合のこと
ふたりはレギュラーになれるのかなど
共通の話題だけに話は尽きなかった
「剛君のママって どうして仕切りたがるのかしら
自分の思い通りに進まなきゃ気がすまないタイプよね」
「剛君のママ? あぁ 葛西さんか あの人はそれだけ熱心なんじゃないかな
子どもたちが早く集まって自主練習するときも
必ず子どもを見ててくれてるからね」
「そうかしら なんか目立ちたいだけって気もするな」
話が愚痴になってきて 唇を潤しながら飲むせいか 水のようにグラスの中が
減っていく
5杯目のグラスを頼もうとした私の声を 彼が遮った
「いつまで隠しておくの」
「なに? 隠し事なんてないわよ」
「サッカーの話なんてどうでもいいだろう それとも もう忘れるつもり?」
「何を忘れるって言うのよ 言いたいことがあったら言いなさいよ」
私は 瑛君が何を言いたいのかわかっていながら こんな風にしか言えなかった
「……菜々子さんにも思い出してもらえないなんて
和哉さん 寂しいと思うな」
「寂しいのはこっちよ ひどいのは和哉の方じゃない
私をおいて行っちゃうなんて」
「そうか 菜々子さんも寂しいんだ」
「じゃぁ聞くけど 藍ちゃんのとき アナタどうだったのよ
平然としていられた? ねぇ 答えなさいよ」
売り言葉に買い言葉って こういうのを言うんだろうな なんて
激した声を張り上げていながら 私はもう片方の頭でこんなことを考えていた
私の言葉に窮したわけではないだろうに 瑛君は黙りこくっていたが
グラスの中身を確かめてから一気に喉に流し込んだ
「寂しいに決まってるじゃないですか でも思ったんだ
僕も寂しいけど 藍も寂しいんだろうなって
だから思い出すことにした」
「思い出すって?」
「一緒に過ごしたことや 話したこと なんでもいい
思い出してやることだって」
「アナタ……大人だわ 私にはできない そんなこと無理よ
思い出したら 余計に寂しくなっちゃうじゃないの そんなのできない
寂しくて寂しくて どうにもならないのに これ以上どうしたらいいのよ
ねぇ教えてよ」
そのときの私は 静かな店内に響き渡る声を発していたと思う
瑛君だって私と同じ思いをしてきた人なのに 彼が苦しんで乗り越えただろう
時間を羨むようなことをいい
私の口は アナタは立派な人だと嫌味を続けた